「柳井弘志の奇跡証言」

※この内容は、研究所が立ち上がる前の研究員個人ブログのアーカイブです

 

佐藤康行と柳井弘志氏との出会いは、今をさかのぼる事、24年前になります。
柳井氏は平成2年に始めて佐藤康行に出会います。

柳井氏は22年間に渡り、佐藤を見続けてきた、生き証人です。
そして、佐藤の回りに起こった、数限りない奇跡を見続けてきたひとりでもあります。

その柳井氏に、私達が知らない「佐藤康行の奇跡」の数々をお話しいただきたいと思います。
今日は、佐藤康行との出会いからお話しいただきます。

<柳井弘志氏談>
私と佐藤先生との出会いは、平成2年当時、先生も私も世界60カ国に広まっている、ある有名な教育教材の代理店をやっていた時の事です。

当時、佐藤先生は、ステーキハウスのチェ―ン店を全国に次々と展開する忙しい経営者としての傍ら、そのほんのわずかな時間をぬって、教育教材の代理店をされていました。

ところが、佐藤先生は、代理店になられるや否や、あっという間に売り上げを上げられていかれました。
そして、アッといまに「世界一」になられたのです。
本当にアッという間です。

当時の先生の販売成績は金額もスピードも、かつて見た事が無いほど、驚異的なものでした。
私は、よほどの人脈を持っているのか、それとも、何か特別な販売テクニックがあるのか、そう、思っていました。
当時の佐藤先生の状況を知れば、そうとしか思えなかったのです。

今なら、佐藤先生なら売り上げ100倍どころか、世界一の売り上げになるのは、当たり前だと言う事が、良く分かります。
しかし、当時は、その仕組みが分からなかったのです。

その教育教材の世界代理店会議に、佐藤先生は「世界第一位」。
そして、私は「日本第二位」という事で、アメリカに一緒に行く事になりました。

それまではお顔くらいしか知らなかった佐藤先生と、その代理店会議で始めてお話をする機会がありました。
代理店になるや否や、いきなり成績が上がった理由を尋ねたのですが、佐藤先生の言っている事は、その時の私には分かりませんでした。

「お客さんがどんどんやってくる」
「何も準備しなくても、売れた」

そんな話だった記憶があるのですが、勿論、その本当の意味は分かりませんでした。

日本に帰国し、私は、佐藤先生を教育教材の販売促進の目的で、北九州で講演会をして頂こうとお呼びしました。
私が佐藤先生はただならぬ人だと直観的に思ったのは、この時の会話でした。

講演会が終了し、懇親会での食事の席での話です。
佐藤先生は、販売促進の目的で来られたのに、まことに不思議な話をされるのです。

「ノアの箱舟」の話。
当時、来日していた有名な預言者の予言の内容の話。

あまりのスケールの話に、私は強く心ひかれたのでした。
しかし、その時は受け止めきれていない自分がいました。

そして、この話が縁で、私はそれからしばらくして、佐藤先生を訪ねていく事になるのです。
それは、私の身の上に起こった、ある出来事からでした。

それまでの柳井氏は、ある志の元、勤めていた会社をスッパリ辞め、とある「心を見つめる道場」と、教育教材の販売をしていました。
人のため、社会のため貢献しようと、志高く生きてきているつもりでした。

しかし、志は高いのですが、現実生活ががうまくいきません。
柳井氏は、お金に困っていたのです。
それだけではなく、夫婦の仲も、親子関係も良好とは言えませんでした。

キリスト教の勉強もし、心の道場を提供し、成功の方法を教える教育教材の代理店もしています。
心の事も、成功できる方法も、「全て分かっている」はず。
人に教えるなら、どれだけでも教えられるし、どれだけでも語れます。

しかし、肝心の当人の現実は全く違っている・・・・・。
その矛盾にさえ、気付かづにここまで来た柳井氏でした。

佐藤康行の九州の講演会後、当時の佐藤義塾から「魂の開発講座(現「未来内観」)」のお知らせや、佐藤の本なども送られて来ていたのですが、「私は、そんな事は全てわかっている」と、自信がありましたので、じっくりと目を通す事もありませんでした。

「私は、心の事は充分分かってますよ。
その道場だってやっているんですから・・・・
私は本物をやっているんですよ。」

まさに、聞く耳持たずの状態です。

ところが、現実は人が集まらず、お金に困り果てていました。
借入をしようと思いましたが、経済状態の悪化に、どこもお金を貸してはくれません。

打つ手がなく、困り果てた柳井氏の前に、研修場そばにある信用組合の支店長が、奇跡的に中学の同級生である事が分かりました。
その偶然の奇跡で、友人の協力を得て、お金を借りる事が出来、当座の破産は免れていたのですが、それでも先の見通しは全くつきません。

柳井氏の、鳴り物入りで始めたはずの道場は、その後も全くうまくいきません。
このままでは、経営的に破たんする・・・・・。
そう思った柳井氏は、いよいよ東京の佐藤康行に電話を入れます。

当時、全国を忙しく走り回っていた佐藤が、まず電話口に出るという事はありませんでした。
当然、秘書の方が電話口に出られると思い、柳井氏は電話をしたら、いきなり、佐藤が電話口に出たので、驚いてしまいました。

方向がピッタリ合うという事は、こういう事なのだと、今から思うとそうだったんだと柳井氏は考えています。

もし、友人が偶然近くの信用組合にいなければ、佐藤に連絡する前に、既に研修場はなくなっていた。
また、佐藤に電話したら、すぐに通じて会える事になった、そのスピード。

「この二つの奇跡により、今の私がある」
そう柳井氏は語ります。

佐藤康行は電話の向こうの柳井氏にこう言いました。
「柳井さん。一度、東京に出て来られませんか?」

佐藤のその言葉に、柳井氏は早速、東京の佐藤の元へ向かったのです。

始めての「真我開発講座」を受講します。

柳井氏は驚愕しました。
それは、自分の心の中の事です。

これだけ、たくさんの勉強をしていたのに・・・・・・。
心を見つめる道場を主催し、人様を教え導いてきたはずなのに・・・・。
自分は出来ているはずなのに・・・・。

自分の中には、想像を絶するほどのゴミが、溜まりに溜まっていたのです。
両親に対して・・・・・!
兄弟に対して・・・・・!
妻に対して・・・・・・!

それを、頑丈な蓋で、しっかり締めていていた、自分の心に自分自身気付くことなく、ここまで来てしまいました。

自分は、人に立派な事を言って「先生、先生。」と言われてきたのが、自分の心の中はどうだろう・・・・!
自分の心の中の、今までやってきたものがガラガラと崩れてきました。

自分はもう、人様に感謝だ、愛だという資格はない。
人様を導くというような仕事をやっている場合じゃない。
もう、店をたたもう。

柳井氏は佐藤に頼るしかありませんでした。
「佐藤先生。私の研修場を使って頂けませんか?」

佐藤康行は、柳井氏のその言葉にこう返しました。
「柳井さん。九州で私の講演会をやりましょう。そこで、決めましょう」

柳井氏は佐藤に本気度を試されていると思いました。

九州で、必死で200名の人を集め、佐藤康行の講演会を開催しました。
佐藤に「分かりました!やりましょう!」
そう言われ、九州での「真我開発講座がスタートしました。

今から19年前の、そして、佐藤康行と出会ってから3年目の出来事でした。

<I氏の奇跡の話>

柳井氏と知り合いのI氏は、教育教材のユーザーとして、成功哲学の勉強をしていました。
成功哲学を勉強しているのに、事業に失敗。1億何千万という借金を背負っていました。

破産を目の前に、今日死のうか…明日死のうか…そう思っていました。
一週間後に300万円の手形を決済できなければ、倒産です。

柳井氏にもどうしてやる事も出来ず、「真我開発講座」の受講を薦めました。
I氏は、なけなしの現金を持ち、講座にやってきました。

佐藤康行により、大きく真我を開き、真我の心で帰って行きました。

講座を終了し、佐藤とレストランで食事をしていた時、柳井氏の携帯電話が鳴りました。
I氏からです。

「柳井さん!奇跡が起きてます!」
「融資が受けられるのです!」

実は、I氏は、既に、サラ金に借金があるため、もうどこの金融機関も相手にしてくれていませんでした。
ところが、自宅に帰ったら 『緊急融資のお知らせ』 が届いていたのです。

その緊急融資の内容を読むと、I氏にも借りられるのです。
国が、I氏のような、困っている人のために作ったのが『緊急融資』だったのです。

I氏は、早速申し込み用紙に記入し、印鑑を持って翌日には銀行へ出掛けました。
すぐに銀行から300万のお金が出て、手形の決済が出来、倒産を免れる事が出来たのです。

その国から来た 『緊急融資のお知らせ』
その法案を国会で通した国会議員が・・・・・・・。

なんと!
佐藤康行の受講生のNさんだったのです。

佐藤康行の元には、国会議員が受講生として来ています。
そのNさんに、当時のバブルがはじけ、中小企業が青色吐息の状態を見て、佐藤康行がこんな話をしたのです。

「Nさん。中小企業を救ってあげられる、緊急の融資のようなものがあるといいですよね」

まさに、佐藤の経営者時代の体験からの発想です。
佐藤の経営者の「借金を追っかける」時代の経験が、その発想をさせたのです。

これぞ、まさに「真我寂光」の世界・・・・!

その佐藤の話に、Nさんはすぐに、国会議員として法案を作り、その融資枠を引き出し、実行されました。
それが『緊急融資の知らせ』として、九州の受講生のI氏の手元に届いたのです。

この不思議・・・・・!

佐藤康行との縁で、「心」と「事業」。
両方が救われたI氏は、その後、順調に借金を返済出来ています。

さらに、この後、I氏には、もっともっとさらに驚くべき奇跡が訪れるのです!

I氏には弟さんがいました。
弟は自分の全財産を兄であるI氏につぎ込んでいました。

兄の事業が思わしくなく、いよいよ倒産の危機にまで追い込まれている事で、ずっと兄を恨んでいました。
「自分がここまで全てを投げ打ってきたのに、兄のせいで自分は全てを失う事になる」」そう、恨んでいました。

その恨み心で、彼は癌を患っていました。
その癌は、心臓にも脳にも転移しており、全身の7か所に転移して、医者も手の施しようがない状態にまでなっていました。

「真我開発講座」を受講し、真我が開き、弟に心からの感謝の気持ちが溢れ出てきたI氏は、その弟を何とかしたいと、佐藤康行に相談しました。

佐藤康行はその話を聞き、すぐさま九州の病院に弟を尋ねました。
弟は病院のベッドで寝ています。

佐藤は、ベッドから起き上がれない弟の、そのベッドの弟の上に馬乗りになり、弟に真正面から向きあいます。
そして、動けない弟に「真我瞑想」を伝授します。

佐藤康行はそれこそ、命懸けで伝授していたと、柳井氏は語ります。
弟の顔の前で、それこそ、唾の飛ぶ距離で、一日かけて、「真我瞑想」を伝授したと、そう語りました。

1対1の「真我瞑想」講座です。

そして、その何ヵ月後・・・・・・!
弟の全身の7か所にあった癌が、見事に消えました。
7か所全てが、綺麗に消えたのです!

柳井氏の奇跡の物語はまだまだ続きます。

「講座に体が曲がった男性が来ました。
体が硬直し、曲がったまま、固まった状態でした。
講座中「OK」を貰った瞬間に、体がポーンともとに戻り、曲がっていた体がもとに戻っていたのです。」

「足が硬直して全く曲がらない人が、基礎編に来て話を聞いていたら、基礎編が終わる頃には足が曲がるようになっていて、本人が驚いた事がありました。」

「こうした奇跡は、佐藤先生の講座では、日常茶飯事のように起こるのです」と柳井氏は言います。

「もとに戻る力が働く」
そう、柳井氏は言います

「神は元に戻そう」真我を開くとそんな力が働く。

この人ほど、その体験をした人はいません。
そう、柳井氏は言います。

<Yさんの奇跡>

Yさんは自営業です。
借金が7000万ほどありました。
「俺の一生は、この利息を毎月毎月払うだけで終わるのだろうな・・・・」そう思っていました。

ある時、柳井氏に佐藤康行の講演会に誘われました。
全国的に有名なラーメン屋のチェーン店の社長も、受講生として話をする事を聞き、その社長がどう成功したかを聞こうと参加しました。

プログラムによると、後半がラーメン屋の社長の話・・・・。
そう思ったYさんは、後半に合わせて、講演会にやってきます。

ところが、何を勘違いしたのか・・・!?
ラーメン屋の社長の話は前半で終わっていました。
後半は、佐藤康行の話です。

「あれっ?」と思いながらも、佐藤康行の話を聞きました。
ところが、佐藤の話にすっかり感動してしまったYさんは、講演会終了後の懇親会にも参加しました。

すっかり、佐藤のファンになったYさんは、「真我教室」にも参加。
とうとう、全てのスケジュールをキャンセルして、「真我開発講座」を受講しました。

すると、売れるはずのない土地が売れてしまったのです。
その土地は、条例にかかっていて、どう考えても絶対に売るとは思えない土地です。

ところが、その土地がポンと売れ、おかげで1000万円の借金が消えてしまう事になるのです。
それを機に、全てが順調になってきて、借金も順調に返す事が出来、今では借金は全て返済をする事が出来ました。

そればかりか、Yさんは、自営業の傍ら、生命保険のセールスもやっているのですが、そちらも順調に売れ続けています。
本業をやりながら、10年間、地域のトップの売り上げを上げています。

「保険の話をせず、パンフレットも見せず、電話もせず、セールスは全くしない」
それでも、保険が売れ続けているのです。

ある時などは、講座の前の金曜日から講座終了の月曜日まで、柳井氏の後をついて全国を回り、徹底的に真我に集中していた時期もありました。

それでも、自営の方は順調でした。
保険の成績も全く落ちる事はありませんでした。
むしろ、売れ続けていました。

Yさんはどんどん順調になってきます。
ところが、Yさんに、思いがけない事が起こります。

全てが順調になったYさんに、思ってもみない出来事が起こりました。

ある日、家に帰ってみると、家の中がもぬけの殻になっていました。
タンスもテーブルも冷蔵庫も洗濯機も・・・・・。
全部が無くなっているのです。

突然、奥さんと家財道具一式が、忽然と家から消えていたのです。
奥さんの家出です。

しかし、そのお陰で、その後、真我に熱心な受講生の女性に知り合い、Yさんはその女性と結婚する事になりました。
でも、その結婚は、簡単にできた訳ではありませんでした。

Yさんと知り合い、結婚を決意していた彼女。
しかし、彼女にはたくさんの難問題が待ち受けていました。

一時は、あまりに事態が深刻になった時、彼女もどうしていいのか分からず、東京の「佐藤先生に会いたい・・・・」と思い、何の約束もないまま、出てきてしまった事がありました。
東京に来た所で、佐藤に会える訳でもなく、何のあてもなく新宿をふらふら歩いていたら、引き寄せられるよううに、偶然、バッタリ佐藤に会ったのです。

この広い東京の新宿の人並みの中、偶然と言ってはあまりにも奇跡的に佐藤にバッタリ会い、喫茶店で佐藤に話を聞いてもらい、そして、彼女ではどうにもならないたくさんのカルマを、当時の新宿の事務所でひとりワークをし、そして綺麗にする事が出来たのです。

まさに奇跡です。
その間に起きた、驚くべき奇跡の数々・・・・。
これは、いずれの時にか、また、お話ししたいと思います。

そして、Yさんと彼女は、佐藤のおかげで、奇跡的に結婚をする事が出来、その後、可愛い子供まで授かりました。
そして、二入は幸せな結婚生活を送っています。

もし、お二人が佐藤康行との縁を持つ事がなければ、その子供がこの世に存在する事は無かったでしょう。
まさに、真我ベイビーです。

佐藤康行にバッタリ会う。
これが、佐藤の場合、あまりに頻繁に起こるのです。

この広い日本。
そんな頻繁にある事自体、奇跡です。

ある時などは、宮崎空港で驚くような事が起きました。と、柳井氏は言います。
「当時、誤認審判で金メダルを逃した選手がいました。
佐藤先生とその話をしていまいた。

話をしていて、ふと目の前を見ると、その選手が数メートル目の前にいたのです。
あれにはびっくりしました!」

「20数年前、私と一緒に東京で受講したO社長。
東京から帰ろうと、新宿でタクシーを拾いました。

この広い新宿の、この数のタクシー。
そのたまたま手を上げた、そのタクシーの運転手が、なんと!受講生だったのです。

その受講生が、ずっとタクシーの中で『成功と幸福の言葉』を唱えていたのです。
O社長は、それを聞きながら、羽田まで行ったそうです。

講座受講後、拾ったタクシーの運転手が受講生。
あまりにもの偶然に、O社長は何かの啓示だと感じ、それからも熱心に真我の追及をされています。
今は、息子さんの代になり、息子さんがYSコンサルタントで、経営を学んでいます」

「こうしたバッタリ会う。
思いがけない事が起こる。
佐藤先生といると、ありえない事が、あまりにも頻繁に起こるので、本当に驚いてしまいます。」

柳井氏は、さらに続けます。

「佐藤先生の奇跡の話をしたなら、それこそ、数限り無くあります。」

「九州で大きな地震があった時、奇跡的に講座中の場所も全く影響がなかった事もありました。」
「博多での大洪水の時も、真我開発講座の会場も受講中の皆さんも、何も被害を受ける事は無かったです」

「とにかく、私が真我開発講座を始めてこのかた、自然災害のために中止になったという事は、一度もありません。」
「佐藤先生と自然の動き、何か不思議な関係があるように思えます。
とにかく、不思議な事ばかりです・・・・・」

そう、語って下さっている柳井弘志です。

その柳井氏の身の上に起こった事を、柳井氏は「少しでも私の事が役に立てるなら・・・・」という事で、話して下さいました。

<柳井氏の体験>

真我開発講座受講希望者はたくさん集まってきます。

「真我開発講座」は、何とも不思議です。
私の研修所は九州でも不便な場所にあります。

しかし、北海道からも東北からも、人が来るのです。
私の研修所に、どんなに遠くても、人が集まってきていました。

しかし、わたしがやろうとすると、人が集まらないのです。
ポツポツ・・・といった調子で、なかなか人が集まりません。

その原因が、全て、私の心にあると見抜いていただろう佐藤先生に、ある日、こう言われました。

「柳井さん、柳井さんが徹底的に真我開発講座を受講するか、辞めるかどちらかにして下さい」
「柳井さんが、どちらかにするか、それを決めて下さい」

当時、佐藤先生は、講座のたびに、我が家で宿泊していたので、我が家の事情は良くご存じだったのです。

私の家の夫婦関係は最悪でした。
私は、過去、25年に渡り、キリスト教やSの家という勉強もし、「自分は分かっている」という自負で、上から人を見、人を裁き続けていました。
自分では、全く自覚のないまま、妻を裁き、何度、妻に「出ていけ!」と怒鳴った事でしょう。

妻の心はズタズタだったはずです。
その影響で、子供までがおかしくなっていました。

佐藤先生から、真我開発講座を受講するかどちらかを決めるよう言われ、私は、受講を決意し、その後、何回か受講しました。

私は受講していく中、「良い教え」で分かっていたつもりの自分の心の中に、強い恨み心がある事が分かってきました。
何もかも、分かっているつもりだった自分の心の中に、全く自分でも思いがけない恨み心・・・・。
その心と向き合う事になりました。

「私には、親父に対する深い恨みと葛藤があったのです」
そう、柳井弘志氏は言います。
「その恨み心をずーっと、心のなかに持ちながら、『良い教え』でしっかり蓋をしていたのです」

真我開発講座で、深く深く心を掘り進めると、その自分が明確になってきました。

親父は、子供に暴力をふるっていました。
長男だったので、特に私には厳しく、ひと際、私に暴力をふるっていたと思っていました。

親に暴力を受けていたという記憶。
その記憶が、全くひっくり返ったのです。

講座の中で、佐藤先生がある言葉を私に言ってくれました。
その言葉に、私の胸は、強く強く揺さぶられました。

その言葉をきっかけに、私は親父の暴力の本当の意味が分かったのです。
親父の暴力は愛だったのだ。

あーそうだったんだ。
親父と佐藤先生は同じだったんだ。

そして、私の『価値観』が、ガラガラと崩れ、私は心が解放されました。

私は、親父の深いい愛に、私は始めて気付く事が出来ました。
そして、親父の愛と、佐藤先生の愛がひとつに見えたのです。

「そうか!分かった!」
それからの私は、命懸けで「真我開発講座」を九州で開催をしてきました。

<柳井弘志氏の真我寂光の世界>

私は、昨年脳梗塞で倒れました。
そして、そのすぐ後、妻が病に倒れました。

そして、二人ともが入院する事になりました。

「何故、こうなったのか!?
ここまで、真我を追求してきて、何故、私達夫婦はこうなったのか?」

私はどうしても知りたくて、どうしても納得したくて、東京の佐藤先生の元に行こうと思いました。
病院で寝てる場合じゃないと、そう思いました。

病院から出ていこうとする私に、妻が驚いて、東京の佐藤先生に連絡したようです。
佐藤先生が、すぐに九州まで来て下さいました。

当時、東京の佐藤先生のもとでお世話になっていた娘も一緒に、親子三人の「真我開発講座」をしてもらいました。
朝から晩まで、一日中をかけ、私達親子のために、佐藤先生が「真我開発講座」をして下さったのです。

そこで、私は佐藤先生に、人生最大の汚点を口にする事が出来たのです。

人生最大の汚点・・・・。
今まで、一度も口にした事のなった、自分の記憶。

幼いころ、弟を傷つけてしまった、忌わしい出来事。
すでに、その弟も亡くなり、もう終わっていると思った、その出来事。

心の奥底に、忘れてはいないのだけど、すでに過去のものとして、埃をかぶり、もう、二度と日の目を見ないと思っていた自分の記憶を、どんどん佐藤先生にぶっつけていきました。

佐藤先生に自分の汚点をさらけ出しながら、私は自分の中にある「守ろう」とする自分の弱さを実感しました。
そして、「何があっても、帰ってくるところはここしかない・・・・!」そう、心から思いました。

最後のゴミが取れた時、私は佐藤先生と自分がつながったように感じました。

ここまで来られたのは、この病のおかげだと思っています。
「まさに、真我寂光の世界だと思いました。」

先日、弟の法要があり、私は弟の好きだったそばを、手打ちにして弟の仏前に供えました。
しばらくして、下げて食べてみたら、全く味が違っているのです。

「あーー、弟が味わってくれたのだ。
弟が喜んでくれている」
そう、はっきり思えたのです。

九州支部は、私が倒れてから、どんどん協力者が増えてきて、多くの人が集まってきてくれています。
私が元気な頃より、多くの人が集まってきます。

また、娘も帰ってきてくれて、私の代わりにやってくれています。
本当に、娘も親の私が言うのも何なんですが、素晴らしい娘に成長してくれました。

妻と娘。
二人には、感謝しかありません・・・・・・。

そして、佐藤先生の新しい講座もどんどん九州で開催され、皆さんと共に、私も受講させて頂ています。

くしくも、佐藤先生と同じような病です。
佐藤先生を見ると、ある意味、昔より元気に、どんどん前に進んでいかれている。
自分もうかうかしておられないな・・・・と、力が湧きあがって来ています。

私の人生は、佐藤先生とご縁を頂き、そして真我に覚醒し、九州で皆さんと真我を追求するために、全てあった・・・・!
そう確信しています。

これだけ奇跡を見せ続けてきてくれている、佐藤先生。
佐藤先生との長いお付き合いの中、私が見てきたもの、私が身を持って体験してきた事。
それらを、伝えていくのも、私の役割だと思っています。

柳井弘志さん。
本当に素晴らしい体験を書かせて下さり、ありがとうございました。
紙面をお借りし、心より、感謝申し上げます。

 


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