以前、キリストの弟子について、研究員の思うところをブログに書いたことがありました。

研究員の弟子論①
研究員の弟子論②
研究員の弟子論③

(この弟子論は、あくまでも研究員の思うところを書いたものですので、その点をご了承ください。)

 

ある時、佐藤康行先生にお尋ねしました。
「弟子であることにおいて、一番大切なことを教えてください」

佐藤先生は逆に、研究員にこう尋ねられました。
「弟子で、誰か参考になった人はいますか?」

その質問に一瞬絶句でした。

考えてみたら、歴史上の人物で、誰も研究員の見本となる弟子の姿を見せてくれる人はいなかったのです。

 

弟子の本分とは?
弟子とはいかなる人のことを言うのか?
研究員は、それをずっと求め続けています。

弟子にとって、一番大切なこと
それは、本物の師に出会えるか、この一点にかかっています。
師に出会えなければ、弟子が弟子として活かされるということは無いのです。

本物の師に出会えれば、自分の肉体生命を超えることは、さほど難しいことではなくなります。

 

長い間、ずっと、師を探し求めてきました。
そして、探し求めて50年以上を過ぎ、やっと、探し求めていた師、佐藤康行先生に出会うことが出来ました。

肉体を持って生きる中で、これ以上の幸運なことがあるでしょうか!!

 

話を元に戻します。

研究員にとって、手本となる弟子とは、、、、、。

ハッと気が付きました。
最高の手本となる弟子の姿とは、師である佐藤康行先生であることに気づいたのです。

 

佐藤康行先生は、たった一人で、天に合掌し「あなたの言うとおりにします」と言われました。
そして、そう約束された瞬間から、一度でもその約束を違えられたことはありません。

研究員は、30年に渡る音声を聞き、自分で確かめています。
間違いないのです!
一瞬たりとも、この約束を違えた場面は、なかったのです!

 

どんな時も、何が起きようが、いついかなる場合も、あなたの言う通りとして存在し続けていらっしゃる。
だからこそ、本物の師であり、本物の弟子であるということに気が付きました。

 

佐藤康行先生こそが、いまだ人類が遭遇したことのない『師』であり、同時に『弟子』なのだ!

これは研究員にとっては、ひっくり返るほどの大きな気づきなのです。

どれだけ、この凄さ
この喜びを表現しても、まだまだ、その数パーセントも表現しつくせません。

 

佐藤康行先生!!
カメのような歩みの研究員に、肉体生命を超えた一番素晴らしいものを示して下さり、本当に本当にありがとうございます!!

いよいよこれからです。
ここからです。