佐藤康行「神と人間」

※この内容は、研究所が立ち上がる前の研究員個人ブログのアーカイブです

佐藤康行がテープの中でこのように語っています

「人には浅い部分の自分と深い部分の自分があります」

浅い部分の自分から見ると奇蹟と見えるが、深い部分の自分から見れば当たり前のことなんです」

浅い部分の自分と深い部分の自分が交互にやってくるので、わからなくなるのです」

また、こうも語っている部分があります


これからの人生は、深い部分だけでやる
これが未来の常識になる

人生は現実の流れとその奥にある流れがある
「軸」を発見しこの流れで見ていくと、出来事の基になっているものがなになのか。ここから見ていくと、人生の意味合いがわかる

これを聞いていると、不思議に先週の「魂の継承繁栄」の図「真柱」が浮かび上がってきます。

佐藤と神の間には人はいません。その間にはギャップがなく「卒啄同時(そったくどうじ)」の世界です。
しかし、佐藤はそれを人に伝えるときに、人にわかるように説明をします。
また、そのための会社を設立し、スタッフや私達受講生をかかえています。

神と佐藤。佐藤と私達。
その二つの佐藤の中にあるギャップをさして、佐藤はそれを「佐藤康行のエゴ」と表現しました。

佐藤の言っている「エゴ」とは、あの時「わかりました。あなたの言うとおりにします」と、ひとり部屋で合掌したあの時から始まったものなのかと推測をしています。

しかし、人間佐藤康行という人物が歩んできた、辛酸も喜びも味わって歩んできた人生から見た時に、「わかっていても忍びないもの・・・」をも、「私のエゴ」と言いきる、佐藤のその「神との約束」に対する姿勢と、また、人間佐藤康行の愛の深さににも脱帽し涙する自分がいます。

クリスマスのせいか、空気が透明に感じる今日、今の私にとってとても大切なことを書いてみました。
稚拙な文章のため、伝え切れない申し訳なさを、佐藤と皆さまに思いつつ、いつもブログをお読みいただいている皆様に心からの感謝をこめて・・・・。

「メリークリスマス!!」

 



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