佐藤康行の「一貫性」

※この内容は、研究所が立ち上がる前の研究員個人ブログのアーカイブです

明けましておめでとうございます。
本年も、ブログを始めてまいります。よろしくお願い致します。

さて、本年はじめの話は、このところ私が感じていることをお話させていただきながら、今年のブログをスタートしたいと思っています。

古いテープを聞き、講座に出、佐藤の時々の話を聞き、また、時には食事をご一緒させていただくなど、あらゆる場面で佐藤に感じることをお話しさせて頂きます。

佐藤の言っていることと行動は、一貫性があります。

特に宗教をやってきた私にとって、佐藤の「一貫性」は、やはり、衝撃でもあります。
勿論、今まで佐藤を疑ったことなどありませんが、それでも佐藤をを知れば知るほど、テープを聞けば聞くほど「ここまで一貫しているんだ・・・」という驚きは増すばかりです。

先日も、今年、真我を地方で立ち上げていかれる皆さんと、アルコールをのみながら、佐藤を囲んで食事をしている最中の出来事です。
たまたま佐藤の向かいに座ったTさんは、私の長い友人です。

その友人が、ふっとした佐藤との会話で、ワァーと、大号泣をしました。
聞いていた、私もあまりの感動で、おしぼりを顔に当て泣いてしまいました。
長く彼を知っている私にとって、目の前で起こった佐藤と彼との会話は奇跡としか思えなかったからです。

ビールを片手に、真我が開いた彼・・・・・
今、私も確かに講座を受講しているぞ・・・・ビールを片手に持っているけど・・・・。
「こりゃなんじゃ!?」という感じです。

そうなんです。
食事をしている時も、アルコールを飲んでいる時でさえ、佐藤の「一貫性」は全く変わっていないのです。

アルコールを飲みながら気を抜く…といいますが、どうも佐藤の場合は、常に気が抜けていて常に真我の状態らしい・・・と、気づいた私です。

何度も「講座では用意したことはない」とか「考えてやったことなどない」とか「私はストップオッチを押しているだけで、何もやっているわけではない」とかは聞いてはいたけれど、やはり、私は耳で聞いていたにすぎなかったのです。

佐藤は誰よりも楽しみながら、誰よりもリラックスしながら、目の前の人をまるで個人面談をしているが如く、真我を開かせてしまう・・・・。

アルコールを飲んで、ついつい・・・と、ネジが緩む自分からしてみると、「佐藤はいったい何者だ!」と、ますます不思議になってきている私です。

佐藤を知るという事は、私にとっては尽きない喜びでもあり、自分を極めていく事でもあるという事を改めて実感し、今年も佐藤康行を研究すべく「佐藤康行研究会」をやってまいります。

是非、みなさんの参加をお待ちしています

注:友人には了承を得て、掲載させていただいています。

 



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