佐藤康行が「遺すもの」

※この内容は、研究所が立ち上がる前の研究員個人ブログのアーカイブです

昨年来より、佐藤のテープを毎日パソコンに落とす作業を進めています。
今は、ダットという形式のテープを落としていますが、それ以外にもいろんな形式で残っています。
多分、これから語られる佐藤の講座の数々も含めると、どれほどの膨大な量の佐藤の音声が残ることでしょうか・・・・・・。

佐藤の「ひとこと、ひとこと」を、音声として残すという事は、佐藤が「あなたの言う通りにします」という、自身の役割を自覚して以来、いかに、佐藤が自分の仕事を大切にしているかという事がよくわかります。

多分、佐藤は「人間」として、自分自身の言葉を受け止めているのではなく、「自分自身を通して語られる言葉」のひとつひとつが、人間にとっていかに大切かと言う事を、誰よりも知っているからに違いありません。

200本を過ぎるころから、その、佐藤の姿勢に深い思いが出始めているのは、私自身、60歳を過ぎ、自身の人生の最後が見え始めてきた年齢だからかもしれません。。

佐藤を取り巻いてきた時代背景の変化。
佐藤の身に起こった体調の変化。
また、佐藤を取り巻いてきた環境の変化。
佐藤を取り巻くあらゆるものが変化している。

そうした変わりゆくものには、全く影響されない、佐藤の「一貫したもの」に、深い感動を覚えています。
さすがに、200本を超えかけてくると、私の耳には「佐藤の言葉」を超えて、伝わってくるものがあります。

よく、佐藤の音声は「言葉というより、波動」という話がありますが、「なるほど・・・確かに・・・」と、思えるような出来事も、私なりに経験しています。

ちなみに、私は50本位を聞いたころの、体調の変化。
100本を超えたころの私を取り巻く環境の変化。
さらに、200本近くなってからの、もっと広い範囲での変化が起こり始めている・・・そんな予感があります。

その時々に、私を襲ってきた「喜び」や「恐怖心」。
その時々に上がったり下がったりする、「こころ」に振り回されている自分。

いろんな自分がいやおうなく、浮き上がり、私の心の闇が襲ってきて、その闇が光になる瞬間。
やれやれ・・・と、思うと間もなく、新たな深い心の闇が浮き上がってくる・・・・。

そんな毎日の中で、いかに、「佐藤康行」という人物がやっていること。語っていることが、人間にとって大切なものであるか、いや、唯一無二であるか!と、いう事を、身をもって体感している毎日です。

しかし、私がそうであるように、このブログをお読みいただいているあなたもそうなのではないでしょうか?

あなたの中に起きたこと。
あなただからやってこれたこと。
あなたと佐藤康行のこと。

佐藤は言います。
「あなたの後ろには何万人のあなたがいる。あなたはそのサンプルです」

そうです。
私達は、私達の後ろにいる何万人かの代表選手に違いありません。
その、あなたの後ろにいる皆さんのためにも、私達のやれることが、目の前にあるのではないでしょうか。

今日も「佐藤に続け!!」



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