佐藤康行「真我(神)が動く」

※この内容は、研究所が立ち上がる前の研究員個人ブログのアーカイブです

以前のブログにも、佐藤康行の「神的動き」については、書いたことがあります。
それは、「神的な動き」から見てみると、佐藤康行の人生は、佐藤がやるべき仕事(真我に目覚めさせる)をするために、どんな些細な出来事も必然であり、その役割をするための経験であった…というような話をしたと思います。

しかし、この「神的な動き」というものは法則なので、私達も常に「神的な動きの中ある」ので、その見方をしていくと、大変楽しく、また、納得もできたりします。

佐藤康行の研究をしていると「常に神(真我)は動いているんだ」と、思わされる出来事が盛り沢山になってくるのが不思議です。
あれもこれも、あの人もこの人も「神(真我)に動かされている・・・」と、思えるようになってきたのが、不思議なことです。

「大分講演会」での出来事です。
1年ぶりに姉に会い、一緒に「佐藤康行講演会」に参加しました。
この姉とは、幼少時からいろいろなことがあり、よく衝突をしていました。

姉は、現在の私が何をしているのかは、ほとんど知らず、多分「宗教のような事でもやっているのか・・・・」位の認識だったと思います。
講演会が終わり、翌日、別府の温泉を回りながらの姉との話です。

「あの、佐藤さんという先生のいうことは、本当だと思う。あの先生は、宗教とは違うね」
「佐藤先生は、本当に正直な人だよね。一般的に講演会をする人は、自分のことを良く見せるのに、佐藤先生は、自分をよく見せようとせず、本当に正直な人だよね」
「質疑応答も面白かった」などなど・・・、感想を言っていました。

私は何も言わず聞いていましたが、急に姉が改まったような顔をして、不思議なことを言います。

「マリちゃん、私達ももう年だし、どれだけ生きられるか分からない。
あなたも、仕事はもうぼちぼちにして、あの、佐藤先生の所にボランティアでもいいから勉強に行ったらどう?
あの先生は、本物だと思うよ」と、言いました。

姉は、こんなことを言う人だとは、私が知る限り無かったように思います。
私が過去に宗教をやっていた時に一番私を批判していた人でもあります。
子供時代から、私とはウマが合わず、私が仕事で成功している時も、私を一番批判した人でもあります。
1年前、三層構造を説明し、惨敗した人でもあります。

しかし、私を激しく批判するほど、私のことを心から心配してくれていた人でもありました。

姉は姉の役割をずっとしてくれていたんだな。私には必要な壁になってくれていたんだな。
「神はずーと動いていた」と知った瞬間でもありました。
「そうだったんだ・・・・」と、感慨深く思いながら、姉に送ってもらって大分空港に到着し、搭乗手続きを済まして、発着ゲートに行くと・・・・・!

「やぁ !」と、手をあげてる佐藤康行が目の前にいました。
「あらぁ 」という、ひろえ奥様です。
「こういうことって、よくあるのよね」

本当に「こういう事って(神が動くこと)」奇跡ではなくて、きっと「よくあることなんだ」



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