尾崎氏の体験談

※この内容は、研究所が立ち上がる前の研究員個人ブログのアーカイブです

尾崎隆博氏ご本人が語った、佐藤との出来事は、聞けば聞くほど大変な出来事です。
もし、尾崎氏が佐藤康行に出会わなければ、多分、今頃、尾崎氏は生きていなかっただろうとゆうに想像できます。
それほど、壮絶な出来事が目白押しです。
しかし、この尾崎氏の体験は、私達が誰でもそうならないとは言えず、皆さんの大いに参考になるのではないかと思います。

皆さんに少しでも参考になれば・・・・そんな気持ちで、ご自身の体験を赤裸々に尾崎氏が語ってくれました。

では、スタートしてまいります。

 

尾崎氏かなりのお金持ちのおぼっちゃまとして生まれます。

両親が真珠で有名な、三重県の伊勢志摩の生まれで、父親が真珠を扱う仕事をしていました。
父親は東京で真珠の販売をしていたのですが、戦後の真珠ブームに乗り、一時は目黒区の納税者の5位になるほど、儲けていました。

私は父が31歳の時の子供だったんですが、大変経済的には恵まれていましたが、生まれつきぜんそくがひどく、幼稚園にも行けないほどの虚弱体質の子供でした。夏休みごとに、伊勢志摩の養殖をしていた叔父の所に、療養を兼ねて行っていました。

そんな環境もあり、私の日常には常に真珠が存在し、家でも親戚の家にも、本物の真珠がごろごろ転がっていました。
ですから、私は誰に教えられうことなく、真珠の善し悪しが解る人間になっていたのです。

しかしある時、そんな私のセレブ生活が、突然終了するのです。
真珠ブームが去ると、我が家は突然、貧乏になったのです。

今まで、昼間っから麻雀に明け暮れ、毎晩銀座で飲み歩き、家には全くいなかった父が、毎日昼間っからお酒を飲んで家にいます。
家は、広大な屋敷から、小さなアパートに変わります。
私が小学校1年生の頃です。

しかし、母が大変出来た人で、そんな貧乏を何一つ感じさせなく立ちふるまってくれて、私はそこにはあまり痛手を感じることなく育ちます。
ただ、毎日家で昼間っからお酒を飲み、仕事もせず、家族と会話をする事もない無口な父を好きになれず、私は佐藤先生に会うまでは、一度として父親の愛を感じた事はありませんでした。

大学は水産大学に通い、船に乗る事を考えていたのですが、船酔いが酷く、あっさり船乗りの夢はあきらめました。
そして、大学を卒業とすると同時に「真珠業界」に入りました。

もともと、真珠には目が利いたため、私は入社2年目で仕入れセクションに入り、仕事も楽しくて楽しくて毎日が楽しくやりがいを持って生きていました。
そのまま、10年過ごしてきますが、その間に結婚もしまさに順調に見えていた日々でした。

10年を過ぎた頃、もともと東京に行ってみたい気持ちもあり、会社にお願いし、東京に事務所を出してもらう事にしました。
その東京事務所もそれなりに順調に発展し、10名くらいのスタッフになるのですが、当時の真珠ブームに乗り、どんどん売り上げが上がって行きました。しかし、何故か私の心の中はいつも満たされず、どこか、ぽっかりと開いた心が何をやっても満たされうことはありませんでした。

そんな折、私が開拓した先の会社が突然倒産。
その責任をとり、私は閑職に回される事になりました。

それをきっかけに、他社へ移るのですが、その後、1999年2月に独立をします。
独立したら、思ったように何故かなかなかうまくいきいません。

そんな事もきっかけとなり、本を読みあさっていた頃、日経新聞の小さな広告記事にのった、佐藤康行の「絶対NOと言われない究極のセールス」の文字に目が奪われ、早速それを買って、むさぼるように読みました。

これだ!
これしかない

そう思った私は、佐藤康行の事務所へ向かいます。

佐藤康行の本に出会い、近くの喫茶店で読んだ尾崎氏は、いてもたってもいられなくなり、その日のうちに当時、新宿にあった、佐藤の事務所に飛び込みます。
そこで、尾崎氏は、出版されている全ての本を買い求め、、4日後に佐藤康行との面談予定を約束し、帰りました。

4日後、佐藤康行との面談前に、佐藤の本を全て読み込んだ尾崎氏は、「佐藤先生はどんな人だろう・・・・?」と、特殊オーラを放った神々しい佐藤康行を想像しながら、面談に向かったと言います。

始めて会った佐藤康行。
「やぁーー!」
あまりの気さくさに、尾崎は「あれ??想像と違う・・・」と、拍子抜けしたと言っています。

早速、佐藤からレクチャーを受けます。
今でいう「パーソナル基礎編」です。
縦と横の図を書かれ、真我開発講座の大切さの話を聞きます。

(当時は、佐藤は会う人会う人に自分で「パーソナル基礎編」をやり、自分で講座をやり、自分でフォローをやっていたのです)

「どうですか・・・・?」と聞かれ、「ちょっと高いな・・・・」とチラッと思ったけれど、佐藤の話を聞けば聞くほど「そうか・・・そんなに大事なことなんだ」とサインをして帰りました。

家にファックスで講座の連絡が入ります。
それを見た妻が、「あなた大丈夫?変な宗教にでも入ったんじゃないでしょうね。受講は1回だけにしてね」と強く言われ、「大丈夫だ。心配するな」と、答えていた尾崎氏でした。

勿論、尾崎氏も一度講座を受講するだけのつもりでいましたし、よもや自分がスタッフにまでなるとは、つゆ一つも想像だにしていませんでした。

受講を決め、サインしたとたん、尾崎氏には不思議な事が、次から次へと起こり始めます。
例えば、昔、神戸にいた時の知り合いで、神戸の震災後、連絡が取れなくなっていたお客さんがいて、事あるごとに思いだしながら心配していた尾崎氏の前に、突然、東京のとある駅で「尾崎さん」と声を掛けられて、驚きました。

震災後、東京に越してきていたと言うのです。
まるで、自分の気持ちが相手に通じて、自分に会いに来てくれたかのように感じ、「不思議だな 」と、感じた尾崎氏でした。

さらに不思議な事がたて続けて起こります。
当時、ひとりでやっていた尾崎氏の悩みは、高価な宝石を次々仕入れる資金が無い事でした。
売りたくても、仕入れる資金がありません。

受講を決めてからすぐの出来事です。
御徒町に何百店舗とある宝石修理の店の中で、たまたまふらりと入ったバラックのような店で、修理をお願いし、ついでに店主と話していると、「尾崎さんはどんな人なの?」と聞かれ、自分の身の上話をしました。
すると、いきなり店主が、店の奥に尾崎氏を案内します。
店の奥に招き入れた店主は、一番奥にある大きな金庫をおもむろに開けます。

其の金庫の中には、尾崎氏が販売したいと思うような高価な宝石が、ズラ――と並んでいます。
「え・・?何で、修理をしているお店に、こんなに新品の宝石があるんだ?」

「実は、以前、宝石を売っていたんだけど、今は辞めているんです。
それで、これらの宝石はその時に仕入れたものです。
どうですか?尾崎さん。これを売りませんか?」

仕入れる資金がない尾崎氏にとっては渡りに船。地獄に神。
有り難く、売らせてもらい、店主には手数料をお支払いする約束が出来ました。
「へぇ !受講のサインをしたら、こんなに不思議な出来事が次から次へと起こるんだ・・・・」と、尾崎氏は本当に不思議な出来事に驚くのでした。

しかし、さらに驚く事があったのです。
後日、佐藤と会った時に「尾崎さんはどんな所と付き合っているの?」と、佐藤に聞かれ、その○○商店の話をしました。
すると、佐藤は言います。

「あ ぁ、そこなら私も良く知っているよ。ずっと懇意にしているところだよ。偶然だね」
どうも、ステーキのお店をやっている頃からの、佐藤の知り合いの方だったのです

御徒町には何百店舗も軒を並べて在る店の、偶然入った、たった1店舗の店・・・・
それが佐藤康行の知り合いの店だった。

その店で、尾崎氏は将来の収入が得られる条件が揃った・・・・。
(となると、受講料は高かったのか?安かったのか…という話になるのです)
これが、尾崎氏が受講を決めた時に起きた出来事です。

いよいよ、講座の受講になります。
尾崎氏の受講目的はただ一つ「業績アップ!」それのみです。
ですから、背広を着た人たちが集まるものだと思いこんでいました。

ところが、集まっている人は主婦だとか、病気のある人だとか・・・・
「大丈夫なんだろか・・・・」不安がよぎります。
そんな尾崎氏の不安をよそに、真我開発講座がスタートします。

早速、真我を開く作業に入った尾崎氏は、一日目から大きく大きく真我を開きます。
尾崎氏が予想だにしなかった、自分の中にある本当の自分に目覚めます。
「あぁーーーーー!!」(号泣)

今まで、仕事で黒真珠を買い付けにタヒチに行った時、楽園の天国のような風景を見ても、ピクリとも動かなかった自分の心。
売り上げが上がっても、心から感謝の気持ちで満たされない自分の心。
いつもいつも、焦り、何かしていないと落ち着かない自分の心。

その硬く固まっていた心が、冷たくなっていた心が、氷が解けていくように溶けていきます。

そして、生まれて初めて、父の愛に気付きます。
生まれてから一度も感じた事のなかった父の愛。
本当は、父はずーと愛してくれていた。尾崎氏が気付こうが気付くまいが、ずーと父は尾崎氏を愛し続けてくれていたのでした。
「お父さん!申し訳ありません!!許して下さい!!」

そして、深い深い母の愛にも、今まで以上の深さで気付きます。
なんて、至らなかったんだ!「お母さん、ごめんよ・・・。ありがとう・・!ありがとう・・・・」

尾崎氏のぽっかり空いていた、空虚な心が満たされていきます。
今まで、どんな時も何をしても埋まらなかった、ぽっかり空いていた心が、暖かく穏やかな幸せに溢れたもので、満たされています。
「あぁ !これが愛の感覚なんだ。これが感謝の感覚なんだ」

生まれ変わった尾崎氏でした。

その頃、丁度、佐藤康行を囲んでの、質疑応答を中心とした営業の座談会が在りました。
数名の営業マンが参加します。
そして、幸いな事に、尾崎氏も佐藤の座談会に参加することが出来ました。

夕方6時から始まる座談会に、尾崎氏は携帯電話を切り、参加しました。
9時に終わり、携帯電話のスイッチを付けると、何度も何度も取引先から電話がかかっています。
留守番電話を確認してみました。

「尾崎さん。大変なことが起きています。至急ご連絡ください!!」
「なんだろう・・・?しかし、今日はこんな時間だ。明日電話するしかないな・・・」

翌日早速電話してみた尾崎氏自身も驚くべき事が起きてました。
「ええっーーー!?」(絶句)

「大変です!すぐ、お電話下さい」 取引先の問屋の部長からの留守番電話でした。
翌朝、尾崎氏は「なんだろう・・・?」と思いながら、電話をします。

「在庫が足りません!すぐ、真珠のネックレスを納品してください」
なんと、尾崎氏が佐藤康行の座談会に出ている間に、驚異的な売り上げが出来ていたのでした。

尾崎氏の取り扱っている真珠のネックレスは、北海道のテレビ通販で、毎月オンエアされており、毎回平均27本位売れていました。
今回も、毎月の事ですから、いつものように納品し準備していたのです。

ところが、この晩のオンエアで、なんと、いきなりの80本以上の、驚異的な注文数が殺到していたのです。

「はぁーーーぁ。これは凄いなぁ」と、舌を巻く尾崎氏でした。

しかし、尾崎氏の売り上げ数字は安定しません。
ポン!と数字が上がる時。
または奇跡のような出来事が起こる時。

元に戻ってしまったかのような時。
売り上げが思うように上がらない時。

上がり下がりが激しいのです。
しかし、これらの因果関係が解りません。

分からないまま、尾崎氏はさらに佐藤の元に通い続けます。
本能的には何かがあるという事は分かっているのですが、それが明確にはなっていません。

「心」という目に見えないものの正体が、明確に解ってはいなかったのです。
後に、この事が原因で、彼は自分勝手な「自分流真我」の解釈によって、自殺まで思いつめる事態に追い込まれるのですが、それは、また、後日、ゆっくりお話しすることとします。

ある時、佐藤義塾から、大変ユニークな企画が打ち出されます。
それは、本当に数字が上がらないで困っている人。
また、本当に食べられなくなっている人。
そういう人を対象に、佐藤康行自らが無料で行う「愛の営業、貧乏脱出大作戦」なる企画です。

これは、もう、後がないというような方が対象で、なお且つ「今の業績か収入を絶対3倍にする!」と固く決意できる人が対象です。
佐藤康行を営業所長と思い、佐藤が毎週出す課題を必ずやり遂げること。
佐藤との約束の課題が出来ない人は、翌週からこの企画には入れません。
出された課題の出来を、週に1回ある佐藤との面談に報告する、という内容です。

なんとユニークな発想!
佐藤康行ならではです!

この「愛の営業、貧乏脱出大作戦」には、8名の有志が参加されていました。
その中に、尾崎氏も入っています。

「愛の営業貧乏脱出大作戦」がスタートしました。
第1回目の課題は、「訪問件数を3倍にする」という課題でした。

課題を宿題に、その翌週集まった8名の参加者は、「先週の課題の成果を発表してください」と言われ、みんな、何故かうつむくのでした。
「子供が熱出してしまって…今週は、思ったように動けませんでした」
「今週は、会社の都合で(ああの・・・こうの・・・・)」
それぞれの言い訳が始まります。

佐藤康行は思いあまって言います。
「単純な事なんですよ。ただ『こんにちは!』と、言って来るだけでも訪問なんですよ」
「こんな単純な事が出来ませんか?」

「では、君たちが出来ないと思う理由を言ってみて下さい」
すると、それぞれが出来ない理由を山ほど言います。

「じゃー、出来ると思える事をいってごらん」
シィーーーーン(うつむく・・・・)

「君たちが売れない理由がわかったよ。
君たちは、君達の頭の中で、既に『出来ない理由』が一杯で、その頭の中の理由で出来ないんだよ

しかし、理由がわかったからと言って、そこで終わらないのが佐藤康行です!
何とかしようと、次の提案をします

「じゃー、今からロープレをやってみよう。
君たちの扱っている商品を、僕がお客さんだと思ってやってごらん」

「ここは、こんな風に言ってみたらどうかな?」
佐藤はひとりひとりに丁寧にアドバイスをします。
尾崎氏が語るには、そのひとりひとりへ、丁寧にアドバイスしている内容が、凄かったという事です。

また、ある時は、佐藤をお客さんに見立て、笑顔の練習をしました。
「ピンポ ン。  はぁ い」
「こんにちはぁ!!」ニコっ!!
この笑顔を、ひとり30分ずつ、徹底的にやります。
さすがに終わると、みんな顔がこわばり、ぐったりと疲れます。
しかし、その8名を佐藤一人が、疲れも見せず、真剣にやり続けてくれます。

毎週、毎週水曜日に、猛特訓です。
佐藤は何が何でも、みんなが売れるように、食べていけれるようにと、汗をかき必死でやってくれます。

尾崎氏が毎週水曜日になると胃が痛くなる位の佐藤の必死の猛特訓が続きます。

いよいよ3か月のプロジェクトが終わりました。
尾崎氏の売り上げは、2.2倍とはなりましが、3倍にはなりませんでした。
他の参加者の方も、3倍になった人はいませんでした。

佐藤から「約束通り、このプロジェクトは3カ月で終了します。
君たちと私とは、学長と受講生という関係は変わらないのだから、何か、困った時にはいつでも相談にいらっしゃい」と、
佐藤に優しく言われ、プロジェクトは終了しました。
参加者全員、、佐藤の愛溢れる暖かい言葉に、うなだれるのでした。

終了したのは年末。
事務所を出て、近くの喫茶店に入り、佐藤への申し訳なさでうなだれながら、しかし、前を向いてやって行こうとお互い誓い合いました。

ところが、翌年。
この参加者に、次々と驚くべき大きな変化が現れるのです!

翌年の3月、参加者のお一人に起こった出来事です。
彼女は、40代後半の細くてか細く見える女性でした。
生命保険の営業レディーで、営業所の中の422名中、常にドンジリの成績でした。
その彼女が、いきなり営業所の中で2位の成績になったのです。

その翌月4月には、尾崎氏も売り上げが4.5倍になります。
どんどん実績が出始めます。

尾崎氏は、早速佐藤に報告します。
佐藤は喜んでくれたと同時にこう言いました。

「そうか!君たちのように成績が上がら無かった人たちでも、半年あれば出来るようになるんだね。
私のトレーニングが濃すぎるから、マスターするのには半年かかるという事だったんだね。」

尾崎氏はその時の事をこのように振り返りました。
「何がどうなった・・・・・・ってことより、自分のエネルギーが変わったんだと思うのです。
学長のは濃すぎるので、すぐにわかるとか、そういんじゃなかったような気がします。
毎日毎日言われた事をやり続け、そして、本やテープを聞き続けていたら、知らない間にエネルギーが変わったような気がするんです。
そして、不思議に売り上げが上がっていったのです」

ある時、佐藤康行が尾崎氏にポソッとこんなことを言った事がありました。
「尾崎君、私はね。保険でも車でも住宅でも、どんな日本一の営業マンが目の前にきても、さらにその売り上げを何倍にも出来るんだよ。
何故なら、私ほど人の心を研究した者はいないからだよ」

当時の尾崎氏は「へぇ 、随分、学長は大きなことを言われるんだな。。。。」ぐらいにしか受け止めていなかったようです。

ところが、それをまざまざと見せつけられる出来事が起こります。

ある時、尾崎氏はスタッフからの連絡で、「佐藤先生が皆さんの前でロープレをしてくれる事になったんだけど、良かったら見に来ない?」と言われ、「はい!お願いします」と、喜んで、その足で新宿へ向かいました。

「尾崎君、今日、宝石持ってるの?」「はい、黒真珠のネックレス3本ほど持ってます」
「じゃあ、うちの女性スタッフをお客さんだと思って、今からそれを売ってみてくれない?」
「えっえぇーーーーーー!?」

そして、尾崎は女性スタッフに必死で売ります。
しかし、うまくいきません。

スタッフが「じゃあ、佐藤先生、同じ商品で同じ女性にやってみてください」というと、
佐藤は「もう30年ほどやっていないから、宝石の事忘れちゃったよ・・・」なんて言いながら、リラックスした調子でロープレが始まりました。
佐藤康行が先程と同じ女性に話し始めます。

尾崎氏は佐藤のトークに驚愕します。

「佐藤先生は、本気であのまま宝石の営業をやっていたら、世界一になってただろうな・・・・」
「確かに、日本一の営業マンが目の前に現れても、佐藤先生ならその何倍にも出来るだろうな・・・」
と、舌を巻いたのでした。

佐藤康行のロープレの話の内容は、尾崎氏にとって、まさに神業でした

全く買いそうにない、宝石になんて興味もない、必要もない女性に話しかけていくのです。
スタッフの女性が、断り文句を言います。
『お客様にこう言われたら、引き下がるしかないな・・・』というお客様の断り文句に出会っても、佐藤はスルスルと何事もなったのように抜けていきます。

尾崎氏が聞いた事もない、今まで思ってもみなかったようなトークです。
尾崎氏が数えていたら、絶対、「引き下がる文句」が、短時間の間に9回も出てきました。
そのいずれにも、佐藤は難なくスルスルと抜けていって、気がつけば、とうとう彼女は黒真珠のネックレスを握って離さない状態になっていたのです。

尾崎氏には、全く、買う気一つ無かった彼女が、明らかに今本気で欲しがって、今、目の前で、黒真珠ネックレスを握って離さないのです。

何が違ってたのか?

その真珠はかなり高品質な真珠だったので、尾崎氏は真珠の素晴らしさをプロらしく説明しました。

しかし、佐藤は、彼女が一般に言う「断り文句」に対して、話していたのです。
「私、真珠に興味もないし、着ける事もないし、必要ないわ」

「黒真珠はね。月の涙と言ってね・・・。唯一、お葬式にも付けられる宝石なんですよ。
結婚式なら、予定が立つけれど、葬式は予定が立たないよね。
いきなり葬式に出かける事になったら、こんな黒真珠のネックレスをしていくと、年配の目の肥えた方が、『あの方は、若いけれどちゃんと良いものを知っているのね』と、見る人が見ればわかるのです。
葬式が決まってから、デパートを回って、本当に良いものを探そうとしても、そんな時間がないよね。
こういうものは、時間がある時に、じっくり探しておいて、用意しておくといいですよね」というような調子で、9回の彼女の断り文句に、さらに彼女が欲しくなるような話をしていったという事でした。

佐藤はたった4年間の宝石の営業経験だけで、それもそれから30年のブランクがある。

尾崎氏は真珠に関してはプロ中のプロと自認していてそれも大学卒業以来、ずっとやり続けている。
比べれば尾崎氏の方がベテランと言える。

しかし・・・どうでしょう!
まさに、人間心を知りつくす佐藤だからこそ、出来る事です。

尾崎氏は目の前の佐藤のロープレを見て、わぁーーーすっごいな!!と、感嘆しました。
営業の知識や経験を超えるものは、より人間心を知ることだ!

「佐藤先生が、もし、宝石の営業をやっていたら、そりゃ世界一になるわ」
「これなら、世界一の営業マンを育てる事はできるな・・・・!」と、納得しました。

尾崎氏は佐藤のロープレの音声を頂き、何度も何度も聞く事で、年末にはさらに3倍の売り上げを上げる事が出来たのです。

そんな尾崎氏の数字が13倍にまで伸びた出来事が起きます。
当時、80万だった売り上げが、なんと、130日間で1130万まで売り上げが上がります。

しかし、尾崎氏の波乱万丈の物語は、ここからが本番です。
尾崎氏は売り上げを最高に上げた後、尾崎氏の身の上には、自殺までを考えるほどの事が起きます。

そして、佐藤康行とは何者か!?
本当の意味で知る事となります。

 

YSコンサルタントの社長である、岡田基良氏から、尾崎氏に電話がありました。
「わたし、前職を辞めて、いよいよ佐藤先生のところでお世話になる事になりました」

そして、岡田氏のもとで、サンタメソッドの前身ともいうべきものを実践をします。
岡田氏に言われると、尾崎氏は出来るような気がして、素直にサンタメソッドを実践していきます。

今まで10万円位の宝石しか買わなかった方が、90万円の宝石を買ってくれる。
「あれ?この人、こんな高いものを買うんだ・・・」尾崎氏は、勝手にお客を決めつけていた自分に気づくのでした。

ひょんなことから仕入れ先が変わり、仕入れ先から高価な宝石をお借りできる事になりました。
結果、富裕層も狙える事が出来るようになり、富裕層に人脈も出来ます。
その結果、半日で300万円の売り上げを上げた事もありました。

そして、130日後には13倍の売り上げを上げていたのです。

そんな時、受講生のある方から、南インドの自称聖者と言われる人の話を聞きます。
その、自称聖者の元にいけば、聖者のエネルギーで悟りのエネルギーが貰える、そして、脳の神経回路さえも変えてくれるという話です。
尾崎氏は心ひかれます。

13倍までいったけれど、ここからどうしたものか・・・と、思っていた尾崎氏はその話に心そそられます。

尾崎氏は、自身の問題は顕在意識の強さにあると思っていました。
「今まで、たくさんの本を読み、学び、その頭が自分の邪魔をしているのではないか?

本来、佐藤先生のもとでやっていれば、売り上げがもっともっと上がって当たり前なのに、思うように上がっていかない。
今までも、売り上げが上がったり下がったり・・・・
なかなか進歩しない自分の問題は、頭で考える自分のクセが原因ではないのか?

そこへ行ったら、悟りのエネルギーが貰える。
そうしたら、自分のエネルギーが変化して、バンバン売れるようになるのではないか?」

もともと受講のきっかけも「売り上げを上げたい」がきっかけだった尾崎氏は、ここにきても、まだ、サンタメソッドの本質を明確に捉えられてはいなかったのです。
サンタメソッドとは何か?
どうなっていくことが、サンタなのか?

「この自称聖者の事を紹介してくれた人は、佐藤先生の講座をたくさん受講している受講生で信頼できる人だ。
この人の紹介なら間違いないだろう。」
そう思った尾崎氏は、自称聖者の元に、通い始めます。

当時の尾崎氏は、二つの違いが解らなかったと言います。
「真我は自分の中にあるんだから、この人も真我の事を言っていて同じ事を言っているんだ。方法論が違うだけだ」
「聖者に悟りのエネルギーを貰ったら、もっと佐藤先生の言っている意味もわかり、売り上げもどんどん上がっていくだろう」
「二つとも、同じ事を言っているんだから、両方に行った方が早く理解できえるようになるし、自分の目的が達成できるよね。」
という程度に、軽く考えていたそうです。

通い始めた尾崎氏は、売り上げがパタッととまります。
しかし、尾崎氏は疑問を持っていなかったそうです。
「そのうちに上がるだろう・・・・・」
パタッと止まった売り上げは、止まったままです。

ハッと気が付くと、尾崎氏は莫大な借金を抱えてました。
その金額は1億円にもなっていて、既ににっちもさっちもいかない状態にまでなっていたのです。

いよいよ一部のお金を返さなければならなくなった期日が来ていても、お金を作ることが出来なくなっている尾崎氏でした。
尾崎氏はある人の事を思い出します。

それは、「真我開発講座」を受講し、佐藤康行と言う人との縁で、人生ががらりと変わってしまった早川氏の事です。
「早川さんなら、こういう時にすぐに借りられる所を、昔の縁で知っているかもしれない」
藁にもすがる思いで、早川氏に連絡します。

「早川さん、お金を借りたいのですが・・・・800万ほど用立てしてくれるところを知りませんか?ご存知なら紹介してくれませんか?」
早川氏は、佐藤と縁を持つ前の前職の経験から、「これはやばい」と直感します。
「借りるのは、簡単な事ですが…とりあえず、会いませんか?」

そして、早川氏に指定された場所。当時の新宿の佐藤義塾の研修室で、尾崎氏は早川氏に会います。
尾崎氏は事の顛末を話します。
「すぐにお金が準備出来なければ、私、倒産です。」

そう早川氏に言う、尾崎氏は、既に自殺まで考えていました。
「倒産したら、私、死ぬしかないなぁ。もう生きている価値がないなぁ」
「こんな私、死んだ方がいいな。生きている価値など何もないなぁ」
心が追い込まれている尾崎氏は、「死ぬ事」の方が現状より楽に思えたのです。

経験上、尾崎の気持ちを敏感に察知した早川氏は、尾崎氏にこう言いました。

「尾崎さん、800万で足りるんですか?それくらいのお金は、闇金融ならすぐにでも用意してくれますよ」
「でも、結局はすぐに足りなくなって、次から次へと・・・となるのですよ」
「尾崎さんは彼らから見たら、ネギがカモをしょってきたとしか見えないくらい、美味しいネタですよ」

「でもね、そんなお金のために、一番大切な家族の前から、尾崎さんは姿を消さなければならない事になるんですよ」
「一番家族を悲しませんる事になるんですよ。それは、死んでも死にきれませんよ」

「お金を借りても、死ぬ事になる・・・・。借りれなくても死ぬ(自殺)事になる・・・・。」
そう感じた早川氏は尾崎氏に言います。

「昔の私なら、すぐにでも貸しましたが、今の私は、尾崎さんの事を考えると、それは出来ません。」
「どうせ、ここまできたなら、売り上げが13倍に上がった佐藤先生に事の顛末を報告してからにされたらいかがですか?」

「佐藤先生には、会わす顔がないんです。あれだけお世話になりながら、今さら、どの面下げて会うのですか?
私には絶対会えません・・・」

本気で死ぬ事を考えている尾崎氏の心を、前職の経験から察した早川氏は「危ない!」と思い、急遽、岡田氏に連絡しました。

「もう、お金を作る事は出来ない。万事休すだ!もう、自分は姿を消そう。そして、命を断とう」
そう決意した尾崎氏は、明日一日を自分が出来るだけの事をして、そして、人生を終わらせようと思ったのでした。

翌日、手元に残った宝石を現金に変え、最後の一日を出来るだけの事をしようとしている尾崎氏の元に、一本の電話が入ります。
岡田氏からの電話でした。
「尾崎さん。私と会いませんか?」
岡田氏も、ずっと尾崎氏の事は心痛めて見守ってきた人です。

尾崎氏は岡田氏に連れられ、佐藤康行に久しぶりに会います。
佐藤は尾崎氏の話を静かに聞き、開口一番にこう言ったそうです。

「尾崎さん、いい経験をしましたね」
「大丈夫ですよ。一億くらいのお金はどうにでもなりますから・・・・」

「借金の相手先は、尾崎さんの応援者の人たちですよね」
「だったら、その人たちひとりひとりに会いに行かれたらどうでしょうか?」

「私も昔お金の地獄を見た経験もあります。
その時、一つ一つの借入先に、あちらから来る前に自分から出向いていって、毎月の返済金額を減らして貰った事があるのです」
「借金取りから逃げるのではなく、借金取りを追いかける。これが、佐藤康行流です」

佐藤の話を聞いていた尾崎氏から、恐怖の気持ちがスーと消えていきます。
そして、心が落ち着き、正常な感覚に戻ります。

さらに、佐藤は尾崎氏と会話をしながら、尾崎氏がかかっていた洗脳も同時に解いていきます。
尾崎氏は、何故か目からうろこがぱらっと落ちるような感覚になります。

佐藤康行の目の前に現れた尾崎氏は、既に幽霊だったといいます。
何故なら、死ぬ事を決めていた尾崎氏は、確かに肉体はあるけれども、心は既に死んでます。
「肉体をまとった幽霊」だったのです。

肉体をまとった幽霊になっている尾崎氏に、佐藤は13時間に及び語りかけます。
死から甦せる。
そのために、佐藤も命がけで、尾崎氏の生きるエネルギーを引っ張り出します。

その場に一緒にいた、岡田基良氏は、その時の様子を次のように証言してくれました。
「あのときの尾崎さんは、顔がボーとしていて、全く表情もありませんでした。
まさに、亡霊でした。

佐藤先生が何を聞いても、ボーとして受け答えがおかしかったのです。
まさに、究極の噛み合わない会話でした。
佐藤先生は、それでもそんな事は目にもくれず、13時間ひたすら尾崎さんを蘇らせていました。」

「あのときの尾崎さんを思いだすと、いかに洗脳が人の命を殺してしまうのか。
私は恐ろしいと思いました。
目に見えない心が、その人の人生にこれほど影響を及ぼしている・・・・。

心が死ねば、肉体を持っていても、まさに幽霊そのもの。
私は、尾崎さんを通して、心を殺してしまう洗脳の恐ろしさを目の当たりにしました。」

尾崎氏は、佐藤康行との13時間に及ぶ会話の詳細については、詳しくは覚えていないようですが、佐藤康行に言われたいくつかの言葉は忘れられないようです。
「私は佐藤先生にこう言ってもらいました。」と、尾崎氏は語ります。

「私はあなたの中に無限があると言っているのです。
外に無限があるのではないのです。無限はあなたの中にあるのです

「尾崎さんのやっている事は、アクセルとブレーキ両方を同時に踏んでいる事ですよ」

「仕事上の事などは、いろんな人に教えてもらう事はあるでしょう。
しかし、心のことは、『師匠』はひとりにしたほうがいいですよ」
「自分が何をやっているのか、わからなくなりますよ」

13時間に及ぶ命がけの会話です。
果たして、その時に、佐藤康行が何をどう言ってどうしたのか・・・・・?

本当の意味での真実は、佐藤康行のみが知っていることだとは思いますが、それでもなお、このお二人の証言をきけば、その時の会話がいかにぎりぎりの会話だったかという事は、容易に推測が出来ます。

佐藤康行という人物を知っている人なら、命がかかったこの出来事に、いかに佐藤康行が全身全霊で取り組んだか・・・・!。
それは想像が出来ます。

洗脳が解け、再び生きる気力を取り戻した尾崎氏に佐藤康行はこう言いました。

「尾崎君。これから生活どうするの?
良かったら、私のところに来ませんか?」

?

尾崎氏はこう語ります。
「私、よほど洗脳されていたのか、あの当時の記憶はほとんど無いんですよ」

「ただ、佐藤先生が、私の罪悪感を全く相手にせず、『尾崎君、やる事やれば正々堂々と生きていけるよ。良い経験をしたから、その体験をみんなに話してあげてください。』
そう言われて、大きな困難だと思っていた壁が、ク―ンと小さくなったような感じがしたのは、はっきり覚えています」

サンタ営業をやったら、そんな一億位のお金は、すぐに返済できますよ。と佐藤先生に言われると、自分の中から『やろう!やれる。』という力が湧いてきたんです」

「佐藤先生の面談の後、佐藤先生のおっしゃったとおり、借金取りから逃げないで、ご迷惑をかけたおひとりおひとりに会い、心から謝りました。時には土下座をして謝りました。」
「中には、もういいよと借金をチャラにしてくれる人まで現れました。」

「実は私は、その時点では、自分の売り上げの急速な失速と洗脳とが密接に結びついている事までは気が付いていませんでした。」

尾崎氏にはもう少し語ってもらいましょう。

「佐藤先生の言われるようにすると、エネルギーの流れが変わってきたのか、やっと、自分が負債を抱え、離婚までしたのは、この自称聖者の教えに原因があったと、はっきり分かったのです」

「洗脳は、話せば話すほど取れていくようで、自称聖者のところへ行った人に、電話をして、何が違うのか話したりしました。
相手は、何言ってるの・・・って感じなのですが、私は一生懸命話しました」

「多分、話すたびに、洗脳が取れていったのだと思います。話すのは相手のためだけではなく、自分のためになっていたように思います」

「今思うと、もしあの時、佐藤先生に洗脳を解いて頂けてなかったら、その関係性に気付かないまま、全部自分のせいだ。自分が悪いと、自分を責めて死んでいた事だろうと思います」
家族を失い、財産を失い、全てを失ったかのような尾崎氏ですが、この尾崎氏の体験は、誰の身の上にも起こりえることであり、誰しもが陥ることでもあります。

尾崎氏は、自分の持っていたマンションも、さらには母親の家も担保に入れていたため、全てを手放さなければならない事になりました。

母親に全てを打ち明けました。
それまで、心配させたくなかった尾崎氏は母親には何も話していませんでした。
母親は、それまでは「なんか、宗教じみた変な事をやっているから、息子は苦労をしているんではないか」と思っていたようです。

「実は、死ぬつもりだったんだ・・・・」

佐藤康行は尾崎氏との面談のとき「尾崎さん、生活どうするの?良かったら、うちに来ませんか?」そう言うやいなや、すぐさま現金を準備し「今日から生活するお金です。まずはこのお金を持っていきなさい」と、まとまったお金を手渡しました。

佐藤からの心のこもったお金と魂からの言葉を貰った尾崎氏は、何も知らなかった母親にすべてを打ち明けます。

莫大な借金ができ、それが返せなくなったいきさつ。
住んでいたマンションも担保としてなくなったこと。
母親が現在すんでいる家も、借金の担保となっていること。
妻と離婚し、子供たちも妻の実家に返したこと。

すべてを無くし、母親には何も言わず死のうと思ったこと。
そして、佐藤康行という人物が言ってくれたこと。してくれたこと。

衝撃的な話をすべて聞いた母親は、さすがに驚き、15分間は尾崎氏を叱りました。
しかし、15分叱った後は、ピタッと叱るのをやめ、こういいました。

「佐藤先生は本物中の本物だ」
「お前が人生で一番困って、そして、誰も助けられなかったときに、先生はお前のいのちと生活と遣り甲斐を与えてくださった。」
「佐藤先生は本物中の本物だ」

そして、母親は愛する息子にこういいます。
「あなたが本当に死ぬのなら、私も一緒に死のう。私はあなたを決して一人では死なせないよ。」
尾崎氏は、母親の言葉に号泣するのでした。

母親は佐藤康行の本、一冊一冊をおしいただくように丁寧に並べると
「この本を全部読んだら、おまえの命を助けてくださった佐藤先生にご挨拶をしにいこう・・・・・」そう言って、佐藤康行の本に手を合わせるのでした。

尾崎氏はこういいます。
「母親は一度も佐藤先生に会ったこともありません。でも、一番大切な息子の命を救ってくださった、佐藤先生・・・・、。
その一点で、家を無くしても、息子が離婚しても、ただただ有難くて、佐藤先生に感謝していました。」

その後、横浜で佐藤康行の講演会が行われたときに、尾崎氏は母親をつれて参加します。
講演会終了後、初めて母親は佐藤に会います。

二人と挨拶した佐藤は、改めて尾崎氏にこういいます。
「お母さんは、自分のいのちより大切な息子の命が救われたことを喜んでいらっしゃるのだよ」

それ以降、毎年毎年、尾崎氏の母親から手編みのセーターが、佐藤康行夫妻に送られてきます。
尾崎氏の母親は、現在かなりのご高齢です。
しかし、一針一針に、息子の命を救ってくれた佐藤康行に感謝の心をこめて、縫い上げたセーターは、愛でいっぱいです。

しばらくして、尾崎氏が佐藤康行の「継承セミナー」を受講した時でした。
珍しく前の席が空いていました。
「前につめて下さい」というスタッフの指示で、偶然、佐藤康行の前の席で受講することになりました。

部屋が暗くなり、瞑想をしていたら、誰かが佐藤康行の前にうずくまっています。
「あれっ?」と思って、目を凝らして見直してみたのですが、やはり、誰かが佐藤の前でひれ伏している姿が見えます。

部屋が明るくなりました。
見ると、佐藤の前には誰もいません。

「さっきのは何だったんだろう・・・・?幻をでも見たのかな?
いやいや、明らかに誰かがいたし、誰かがいた気配もあったぞ・・・・あれは誰なんだろう?」どうにも気になって仕方がありません。

「アッ!!」
瞬間、尾崎氏に稲妻のような衝撃が走ります。

「あれは、死んだ父親だ」「そうか・・・・。父親が佐藤先生にお礼を言いに来てくれたんだ」
尾崎氏は、胸がいっぱいになります。

「継承」というテーマでの講座。
親から子供への生命のバトンタッチ・・・・。
そのときに、父親が霊体という姿で、一番大切なことを自分に教えに来てくれていたのでした。

なにが一番大切なことなのか?
永遠の生命のなかで、「尾崎」という名前を持って、生きているこの数十年の人生。
その人生を全うするということは、どんな生き方をすることなのか?

佐藤康行「継承」というセミナーを通して伝えてくれようとしている深い深い意味を、佐藤の前にひれ伏している父の姿から知ることなりま
涙が頬を伝います。
心の奥から熱いものがこみ上げてきます。

「佐藤先生、今、先生の前に、私の父親がひれ伏していました。
父親が、先生に心からお礼を言いに来たのだと思います。
私は、父親を通して、継承の深い意味を知ることができました。
佐藤先生。本当にありがとうございます」

その、尾崎氏の発表を聞いていた佐藤の目から、はらはらと涙が流れます。
佐藤康行の心の中には、万感の想いが溢れてきたのでしょうか。

数十年かに渡り、「生命」をみてきた佐藤康行。
多分、佐藤康行にしか見えないものも一杯あったに違いありません。

尾崎氏のむこうに、たくさんのものを見てきた佐藤康行にとっても、霊体として佐藤の前に土下座をしていた父親の姿は、佐藤康行にしかわからない、さらに深い意味があったことだったのでしょう。

私たちにとっては、その佐藤康行の涙の深い深い意味がわからなくても、それでもなお、涙している佐藤康行のただならぬ姿に、親が泣くのを見て、訳がわからなくても一緒に泣く子供のように、ただただ泣けてくるのです。
「学長・・・・・・!」

さて、後日、尾崎氏は佐藤にこう言われます
「尾崎君、悟りには『進化した悟り』と『退化した悟り』があるんだよ」

人類が進化し、昔とは違う新しい経済活動。また、現代だからこそ生まれる心の病・・・・・。
現代という時代背景の中で、人間が物心ともに豊かに幸せに暮らせてこその「悟り」
形骸化したものではなく、現代という時代を最高に生ききれるための大いなる知恵。

佐藤康行は常に現代という時代に通用するという、その「事実実証」をしてきました。
佐藤康行がやり続けてきた30年近くに渡る「事実実証」こそが、「進化した悟り」の証明です。
「進化した悟り」こそ、今を生きている人間にとって、必要な悟りなのです。

長期間において、尾崎氏には体験を語っていただきました。
紙面をお借りして、尾崎氏には心から感謝を申し上げます。
尾崎氏の体験が、多くの皆様のお役に立つことを願ってやみません。



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