リアル「佐藤康行研究会」IN名古屋

※この内容は、研究所が立ち上がる前の研究員個人ブログのアーカイブです

昨日は、リアル「佐藤康行研究会」を名古屋支部にて開催しました。
私にとって、有意義かつ楽しい時間となりました。
そして、やはり、私の仮説の通りになりました。

私的には「やっぱり・・・!やっぱりそうなんだ」という気持ちです。
どんな仮説かと申しますと、「佐藤康行を語り合うと、真我のズレが修正される」というものです。

このリアル「佐藤康行研究会」を行うと、名前の通り、佐藤康行に全員の意識が集中します。
「自分にとっての佐藤康行」を、語ってもらいます。

ある人にとっては「佐藤康行から言われた、忘れなられない一言」であったり、また、ある人にとっては「音声の中で語られたあの話」であったり、また、ある人にとっては「講師を通して語られる佐藤康行」であったりしまします。

見事にそれぞれの「佐藤康行」が存在しています。
そして、見事に、誰ひとりとして同じ佐藤康行ではありません。
そこには、人数分の「佐藤康行」が存在します。

ある方はこう言いました。
「学長に○○○・・・・・だと言われました。衝撃だったけれど、嬉しかったです。
でも、自分では○○○・・・だとは思えません。

自分は×××が自分だと思っているのです。
この○○○と×××の差が、私のズレなんですね」

私もこうして毎日「佐藤康行研究会」を行い、佐藤康行を自分の捉え方ではありますが、語っている事で、ズレをなくし、意識が真我に集中できているように思えます。

講座などでリアルな佐藤康行へ質問をさせて頂き、佐藤からもらう答えを何度も何度も心の中で反復してみる。
それを表現していく。
違和感がないか確認する。

この毎日の作業の中で、私の意識がグッグッグッ・・・と、上がっていくのがわかる。

「これは、何だろうか・・・・?」と思った時、私の中で仮説が生まれたのです。
「そうだ、佐藤康行を表現したら、きっと、誰でも意識がグッグッグッと上がるのではないか・・・・?}

そこで、リアル「佐藤康行研究」を数回行ってみました。
思った通りでした。

ここからも仮説なのですが、「自分にとっての佐藤康行」とは、自分の深い所に眠る「自分自身そのもの」ではないのか・・・・?
最近は、そう思っているのです。

この仮説をさらに検証し、さらに形にすべく、リアル「佐藤康行研究会」を続けて行こうと思っています。

名古屋の素晴らしい皆さん!
昨日は本当に有難うございました。
心より感謝申し上げています。

 



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