自分を「マジックミラー」で観る 三

「私は、人を救うだとか、そんな大きなことを考えてやっているのではないのですよ」
「佐藤康行は、ただ、自分のやるべき事、ひたすら自分の使命をやり続けているのです。」

「そうすると、自然に、救われていく人がいるのです」
佐藤康行は、ある時、こう言いました。
この言葉は、私のとっては、分かっているようで分かっていなかった言葉です。

私の知っている宗教は「人を救うために」やっているのであり、「人類を救う」ためにやっていたからです。
しかしながら、それで救われた人がどれほどいたのか?

「人を救うために・・・・・」そう思ってやってきた宗教。
しかしながら、本当に人のためになったのか?

良かれと思ってやってきた事。
本当に人のため良かった事になったのか・・・・?

佐藤康行の言葉に、小さく見えるけれど、この大きな違い。
このま逆とも言える、この違いに気付きました。

であるのなら、私自身も「究極を目指そう」
「自分のやるべき事に、集中しよう・・・・・・!」
そう思う事が出来ました。

それから、私は、出来うる限り、素直に自分の思うままを書く事にしました。

佐藤康行を書く時も、ひたすら、ただ素直に、書きたい事、自分の感じた佐藤康行を書く事にしました。
しかし、不思議と、「佐藤康行」を書けば書くほど、自分自身がブレなくなってきていました。

私は仮説で「佐藤康行の事を語ると、ズレが無くなるのではないだろうか・・・・」
そう考え、試してみる事にしました。

何十人の人に試してみたところ、次の事が明らかになってきました。

「あなたにとっての佐藤康行はどんな人?
もしくは、佐藤康行に言われて、救われた言葉とか、忘れられない言葉は何?」

その返事は、全員が違っているのです。
「佐藤康行」は、聞いた人の数だけいたのです。

それと同時に、佐藤康行を語っていると、語っている人のズレやブレがが無くなってくるらしい事にも気がつきました。

佐藤康行に焦点をあてる事と、真我に焦点をあてる事。
この二つが一つになりました。

一つになったことで、私は大きく変わる事が出来たような気がします。



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