体験談「遠回りした男」が目指すもの

※この内容は、研究所が立ち上がる前の研究員個人ブログのアーカイブです

「遠回りしたのですよ。私は・・・・・」
「4年前に佐藤先生に言われた事が、今、やっと、はっきり分かりかけてきています。」

「遠回りした私が、今、やっと、自分がどうしたいのか、自分が何をするべきなのか・・・・・」
「そんな事が分かり始めてきたんですよ」

業績を上げた事では誰もが知っている、M氏の言葉です。
先日、短い時間ではありましたが、M氏にお話を聞かせてもらいました。

通常、私がブログでの掲載のため、インタビューをお願いする場合には、しっかりとお時間を取って頂き、じっくりと心の中をお伺いするようにしています。
しかし、M氏の場合は、私にとっても異例でした。

45分程度しか、どうしても時間が双方合わず、ある意味、じっくりとお伺いする事が出来ませんでした。
そして、慌ただしく騒がしい満席のカフェでのインタビューとなりました。

45分の中で、どこまで彼を知ることが出来たのか?
どこまで彼を描けるのか・・・・・?
私にとっても始めてのチャレンジになります。

さて、M氏は、YSコンサルタントの「究極の営業プログラム」を聞いただけで、神業的な業績を上げられた人です。
「佐藤康行」の音声を聞き続けると、業績はどうなるのか
その事実実証の方です。

振り返ってみれば、彼は人生どん底の時に、佐藤康行との縁が出来ました。
彼は、人生どん底の時だったからこそ、佐藤康行との縁を「黄金のロープ」にする事が出来たとも言えます。

当時の彼は、佐藤康行の「究極のプログラム」を購入するにも、ローンを組まなければならないほどの状況にありましたが、それでもローンを組み、佐藤康行の「究極の営業プログラム」を手に入れ、その結果、みるみる業績を上げられていきました。

彼のプログラムの聞き方は、半端ではありませんでした。

まさに、「佐藤康行を食べる」が如く、「自分の脳そのものを全て作り変えるが如く」
聞いて、聞いて、聞いて・・・・・、さらに聞き続けた結果。
一般の方の年収にあたるほどの金額を、月収として得られるほどの業績を上げる事が出来たのです。

その後、YSコンサルタントでは、彼と同じようにプログラムを聞き続ける事で、営業成績が上がってくる方が続出しました。
そういう意味では、M氏は、佐藤康行の「事実実証」の証明者であるのです。

そんな、彼が華々しいまっ最中に、彼は佐藤康行のプロジェクトに参加しました。
それは、今から4年ほど前の出来事です。

そのプロジェクトとは、「ポシティブ編」として、更なる成功を目指すともいうべき、そんなプロジェクトでした。
そのプロジェクトの中で、彼は佐藤康行にある質問をされ、そして、ある答えを明確に言っているのです。

しかし、彼は冒頭に言っているように、その返事をしているのにも関わらす、「4年間、分かっていなかった。遠回りした男」だと、そう言うのです。

佐藤康行は、「私の場合は、答えが先なんです。いつも答えが先」と言いますが、まさにM氏の場合、答えはすでに4年前にあったのです。

「4年前のプロジェクトの時、佐藤先生がおっしゃっていた事が、今、分かり始めたのです」
そう言うM氏。
その「ポシティブ編」プロジェクトの中で、佐藤康行とM氏の間では、こんな会話が為されていたのです。

「Mさん。Mさんの目標をやるにあたって、どのようにされますか?」
「監督とプレイヤーというのがありますね。どちらで、やられますか?」

「私は監督でやりたいです」

「そうですか。では、・・・・・・」
というような、会話の内容であったと、記憶しています。

実は、私自身、偶然のようですが、当時、このプロジェクトに参加していました。
そして、この「監督」か「プレーヤー」かという佐藤との会話の部分は、私の中でも強烈に印象に残っています。

それは、M氏が「監督」として、やっていくという決意の中、佐藤康行がかなり具体的に、踏み込んだ話を、毎週していたからです。
そして、世界に類を見ない、そんな方法を、次から次へと、M氏に伝授していたように見えていたのです。

M氏は、佐藤のアドバイスを忠実に誠実に実践し、まさに天が動いているとしか思えないような出来事が、次から次へと起き、毎週、その出来事が、佐藤康行に報告されていたというような記憶があります。

彼のチームのメンバーが入れ替わったり、更なる契約が取れたりと・・・・その出来事のスケールとスピードに、私は驚いて毎週聞いていました。
明らかに大きな変化が起きていたという記憶が、私にはあるのです。

ですから、彼の冒頭の「私は全く分かっていなかった・・・・」という言葉が、実は、私には大変意外だったのです。

この「ポシティブ編プロジェクト」は、その後、しばらくして一旦、終了となったのですが、今から振り返ってみると、あのプロジェクトは、M氏が何をしたいのかが、明確になったプロジェクトであったように、今でも私は思っているのす。

M氏は何がどうわかっていなかったのか・・・・・?
私はその部分に強い興味を持ち、質問させて頂きました。

何故なら、私には、これは誰にでも起こりえる出来事のように思えたからでした。
M氏の体験は、大変貴重であると思えたからです。

そして、そこには、佐藤康行をどう捉えているかと言う事とも、密接に関係しているのではないかと直観的に感じたのです。
M氏は、私の質問に、じっくりと自身の心を振り返るように、誠実に丁寧に答えてくれました。

 

その後、M氏は順調に数字を伸ばしていきます。
勿論、伸び方は直線の矢印ではなく、山と谷との曲線を描きながら、全体として伸びていっています。

彼にとって、この4年間、たくさんの「良い(山)」と思える事も「悪い(谷)」と思える事もありました。
多くの人が来て、また、去ってもいきました。

しかし、彼の本音の中で、何かしっくりこないものがあるのです。
本当の事がやり切れていない・・・・・。
そんな思いがどこかで、見え隠れします。

その心を奥に持ちながら、M氏は目の前の事に集中してきました。
しかし、自分の心を騙し切る事は出来ませんでした。

彼が行くところは、佐藤康行の所しかありません。
久しぶりに佐藤康行の講座を受講しました。

その時、佐藤康行自らが真我を引き出すというパートがあり、彼は、心の奥底から、自分の本音中の本音が出てきた経験をします。
それと同時に、心の奥からの感謝、愛、懺悔、喜び・・・溢れ出てきます。

そして、4年ぶりに次々と佐藤康行の講座を矢継ぎ早に受講しました。
「今の自分には、必要な事」そのように思えました。

その講座の中で、「今の最高を最低にする」という、佐藤康行の言葉に、心が大きく動きました。
そこに自分のヒントがあるように思いました。

そして、彼の中で行きついた「答え」は、4年前の佐藤康行とのやり取りでした。
「Mさん。プレイヤーをやりますか?監督をやりますか?」

その時の自分の答えです
「私は監督で、目標をやりたいです」

しかし、4年を振り返ると、自分のやってきた事は、プレイヤーだった。
明らかに心もプレイヤーだった。
行動もプレイヤ―としての行動だった。

「佐藤先生は、プレイヤーと監督は全く別だと言っていた。
4年前に、何度もその話は聞いていたな。

分かってるつもりでいた。分かってそうやっているつもりでした。
でも、俺のやっていた事は、全く違っていたんだ。

今、やっと、それが分かってきた・・・・・・・。
4年間か・・・・。随分、遠回りしてきたな・・・・・。 」
そう、自分の4年間を振り返るM氏です。


私は、ここまで書きながら、どうしても考える事があります。

「もし、M氏が4年前に、佐藤康行の言うとおり行動していたら、今頃はどうなっていたのであろう・・・・・」
即ち、「遠回りした男」と「遠回りしなかった男」の人生はどう違っていたのであろうか・・・・・。

さらには、これからの人生を「遠回り」するのだろうか?
「もう二度と、遠回りする気はない」のだろうか・・・・?

残念ながら、今回は、インタビューさせていただく時間が短すぎて、この辺りのお話を伺えていません。
だからこそ、これからのM氏の生き様が、大変興味があるとも言えます。

今回、M氏とのインタビューの中で、私にはM氏のなみなみならぬ決意が伝わってきました。
それは、何に対する決意なのか、分かりませんでしたが、あえて、言葉にするなら「よし、必ずやるぞ!」とでもいうような、そんなM氏の決意のような気持ちが強く伝わってきました。

今後の、M氏の活躍に期待をしながら、今回のブログ記事へのご協力に、心から感謝申し上げます。
そして、また、いずれの日にか、監督としてのM氏に、是非、インタビューをお願いしたいと思っています。


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4.体験談集(取材録)
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