佐藤康行「真我真理研究会」8月度

※この内容は、研究所が立ち上がる前の研究員個人ブログのアーカイブです

今、この場で神に飛ぶ
「飛神」という、佐藤康行著の書籍に、そのように書いてあります。

昨日の「真我真理研究会」は、まさに、全員で一気に神に飛びました。
と同時に、いよいよ新たなページが始まる予兆を感じる瞬間でもありました。

昨日は参加者の体験談や、質問、そして、「新・神成瞑想(マジックミラー&神成瞑想)」の実習など、まさに、真我真理を研究することができた、大変盛りだくさんかつ深い内容で、終わってからも参加者の皆さんの魂動は冷めやらぬようでした。
(このブログをお読みの方の中の、NSPRC会員の方は、会員専用HPに昨日の映像が紹介されると思いますので、是非、ご覧いただく事をお勧めします。)

さて、昨日のいくつかの体験談の中で、今日はNさんに絞って少し書かせてもらいたいと思います。
(Nさんについては、いずれ、このブログ上で体験を紹介する予定でいます。)

Nさんの場合は、一見、特殊に見えますが、実はとても解り易い事例だと私は思っています。
現在の自分ではどうにもならない、先祖からのDNAとでもいうべき「記憶」に、Nさんは苦しんできました。

自分がわかる記憶の中には、原因らしきものが見当たらず、どこにどう手をつけていいのかが分からない。
その、分からなことにも、Nさんは苦しんできました。

だからこそ、Nさんは海外にまで行ったのだろうし、前世を見る人に頼った事もあったのだろうし、自身を特殊なケースだと思って、答えをどこに求めたらいいのか分からず、苦しみに苦しんできたのだと思うのです。

苦しんできたNさんだからこそ、佐藤康行にしか出来ないといういことを確信してるのだと思います。
言葉を変えれば、佐藤康行がどれほどのものであるかという事を、身をもって実感しているのではないかと思うのです。

人類の歴史の中で、ある意味、一番、人類が取り組んできた事でもあります。
目に見えない、しかし、人間にとっての難問題とも思える事。
人間の力でどうにかしようとしてきて、どうする事も出来なかったからこそ、宗教に求めたり、占いに求めたり、祈ったりした、その「忌わしい記憶」。

佐藤康行は「これをキリスト教では『原罪』と言っています。仏教では『因縁』と言います」と解説してくれました。

私は、宗教や哲学、科学や学問や道徳の発展の中に、その根底に、「生まれる前からの、どうにもならない忌わしい記憶」をどうにかしようとした、人類の智恵の歴史を感じる事があります。

しかし、人類史上どうにもならなった事を、昨日、私達の目の前で、佐藤康行はいとも簡単に、Nさんを通して見せてくれました。
そして、はっきりと「解決できる」という事を証明してくれました。

私には、これはイエスが起こした奇跡の「死人を蘇らせた奇跡」に等しい・・・。
いや、ある意味、それ以上の奇跡であると思っています。

その奇跡を、目の前で、今、自分が見ているという事も、信じられないほどの奇跡だと思っています。
その「黄金の雨」に魂動しています。

その、佐藤康行が目の前で証明してくれた、その出来事に、昨日の参加者は、一様に「魂動」し、興奮したのではないかと私には思えました。



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