中京高校の奇跡

※この内容は、研究所が立ち上がる前の研究員個人ブログのアーカイブです

テレビでは、「中京高校」軟式野球の話が話題になっています。
これは、準決勝で勝敗がつかず、3日間50イニングの死闘を繰り広げたうえ、崇徳を制し、勝ち得たという「奇跡」と言われているニューズです。

中京高校は、東海地区の地元ではいくつかの高校や大学を有している有名な「梅村学園」創立者梅村清光氏の二男である安達嘉雄氏が創立した高校です。
安達氏は中京大中京高校で教員を務め、後に同じ名前の学校を設立したという、梅村学園とは深い深い繋がりがある高校です。

さて「梅村学園」と言えば、フィギアスケートでも有名な中京大学も「梅村学園」です。
浅田真央選手を始め、安藤美姫、村上佳菜子、小塚崇彦、ハンマー投げの室伏選手など、世界でも屈指なオリンピック選手を輩出している大学でもあります。

それ以外にも、梅村学園はメジャーリーガーイチローを育ての父親の鈴木氏
建築で有名な黒川記章氏
数え切れないほどの、今日の日本を支えている人物を輩出しています。

梅村学園の歴史は90年と古いのですが、20年前位までは、地元では高校野球が強い位しか、さほど有名な学校ではありませんでした。
(ちなみに、私の出身は岐阜なので、この学園は知っています)
スポーツはできるけれど、学力はもうひとつ思われていた学園です。

しかし、ここ20年の間に大きく変化したようです。
運動ばかりではなく、学力においてもかなりの力をつけてきているようです。

以前は中京大学と言えば、学力がなくても、入れる大学だったのですが、ここ20年ほど前からぐんぐん力が付き、今では偏差値の高い、難関の大学になっています。
聞くところによると、偏差値も20年前から20点ほど上がったと聞きます。

学力においても、スポーツにおいても、急激に力をつけている梅村学園。
梅村学園の有している全学校が、明らかにトップレベルの力をつけています。

ちなみにインターネットの2チャンネルでも、何故こんな学校に生まれ変わったのか、「世界ふしぎ発見」と揶揄されるほど、これほどになった原因がわからない地元でもふしぎな出来事なのです。

何故、梅村学園全体がこんなに文武両道の学園に生まれ変わったのか?
しかも、世界にまで通用するほどの力になったのか・・・・?!

なぜ、これほどの「神技」ができたのか!?

20年ほど前に、佐藤康行が梅村学園の当時の理事長秘書からの依頼を受け、毎月のように中京大学、中京高校を訪れていたという事はご存じだろうか?
そこでの感動的な多くの奇跡の出来事はご存じだろうか?

実は、佐藤康行が20年ほど前に、この「梅村学園」とは、大変強い繋がりを持っているのです。
このあまりにも符合している時期・・・・!

そこから見ていかないと、真実が見えないかもしれません。
本当に起きている事は何なのか、人間の目では見えてこないかもしれません。

佐藤康行という人のやっているスケール
佐藤康行という人のやっている想像を超えたレベル

佐藤康行は「人間は、まだまだ自分の力がどれほどなのか、わかっていなようです」と言います。

人間が本当の力を出していくのに、いったい何が大切なのか?
まさにその証が梅村学園で起きている出来事なのではないでしょうか!

20年前に「成功と幸福を呼ぶことば」を読みながら、佐藤のメンタル面の指導のもと、ぐんぐん強くなって行った中京高校の野球部。
そこから、梅村学園の大進撃が始まったのは、偶然とは思えません。

まさに、Godミラクル!

今を遡ること20年ほど前、佐藤康行が名古屋キャッスルで講演会をした事がありました。
その講演会に来ていたのが、「梅村学園」の当時の理事長秘書の今村氏です。

今村氏は、佐藤の話を「是非とも、うちの生徒に聞かせたい」と、講演の依頼のために、わざわざ新幹線に乗って、東京まで佐藤に会いにきたのでした。
電話で依頼できるのに、わざわざ足を運んでくる・・・・。
ここに、「梅村学園」創業者梅村清光氏の精神が引き継がれてる・・・。感動した佐藤康行はふたつ返事で引き受けました。

今村氏が佐藤康行に期待した事。
それは、学園全体のメンタル面の強化でした。

最初の講演は、生徒600名ほどの前で講演を行いました。
そこから始まり、佐藤は定期的に「梅村学園」に呼ばれることになります。

その当時、中京高校野球部は、甲子園野球の名門でありながら、何故か甲子園にも出場できない状態でした。
学園にとって、ある意味、暗黒の時代だったのです。

「何が問題なのか・・・・?
設備も揃っている。指導者も一流。練習量もほかに引けを取らないほどやっている・・・・。
やるべき事はやっているのに、何故か勝てない。

何故なのか・・・・・?
これは、目に見えないメンタル面の問題ではないのか・・・・?」
そう考えた首脳陣は、毎月来てくれている佐藤に、中京高校野球部のメンタル強化を依頼したのでした。

中京高校野球部全員の前で話し始めた佐藤は、まずは生徒の話を聞く態度に感心しました。
ピクリとも動かず、真剣な眼差しで佐藤の話に耳を傾けています。
佐藤も思わず熱が入ります。

「君たちは、ジャイアンツと試合したとしたら勝てると思うか?
勝てないと思っているから、勝てないだけじゃないのか?」

「何倍もの練習量、何倍もの技術を磨く努力、全ての事においてジャイアンツ選手の何倍もやっていたとしたら、勝てるかもしれないじゃないだろうか。
初めっから勝てないと思っている、そう、思い込んでいる。だから、勝てないのじゃないだろうか。」
そんな話もしました。

そして、当時、まだ手書きだった「成功と幸福を呼ぶ言葉」を読みました。
どんどん良くなる
ありがとうございます
ありがとうございます
あなたのおかげです
皆さまのおかげです・・・・・

「成功と幸福を呼ぶ言葉」に感動した生徒たちは、佐藤の話が終わるや否や佐藤の周りに走り寄ってきて、佐藤の持っている「成功と幸福を呼ぶ言葉」をほしいと言いました。
佐藤は、喜んで生徒達に渡したのでした。

佐藤康行が中京高校野球部に行ったすぐ後、当時の野球部監督である大藤監督から佐藤に電話がありました。
あの後、生徒たちがすっかり変わったという、驚きと喜びの電話でした。

「生活態度が前と全く変わって、驚いています。
食事前にも、佐藤先生の「成功と幸福を呼ぶ言葉」を自主的に読んでから食事をするようになっています・・・・(などなど)。」
佐藤康行にとっても、嬉しい電話でした。

そして、その数ヵ月後、中京高校野球部は甲子園に出場。
次々と勝ち進み、そして決勝戦。
惜しくも天理に敗れはしましたが、中京高校は本当に強くなったのでした。

大藤監督からお礼の電話をもらった佐藤康行は言います。
「勿論、試合に頑張った生徒は素晴らしい。しかし、大藤監督も素晴らしい。
この成果を決して自分の手柄にしない。
この精神が素晴らしいのです。

人間は、得てして自分の手柄にしたいものです。
しかし、黄金の雨を天に返す。
この態度が、さらなる黄金の雨を降らせることになってきます」

その言葉の通りの出来事が起こります。
それは、2009年夏の甲子園で起きました!

この年、中京高校はついに優勝を果たします。
その試合について「甲子園の風」という、有名なメルマガには次のように紹介をされています。

神の見えざる手。
神の手の存在を本当の意味で実感したのは、試合後だった。・・・・(中略)

近年の決勝戦で、これほどまで勝者も敗者もハッピーだったという結末は見た事がない。
試合後、激闘を物語る甲子園の大きなスコアボードを見ながら、ふいにそれが埋められた巨大な十字架のように見えた。

この試合を采配したのは・・・・・。
そうです!

ご想像通り。
20年前に佐藤康行が野球部のメンタル強化に行った時の監督。
そして、佐藤にお礼の電話をしてきた、あの大藤監督だったのです。



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