体験談「心の闇」はあるのか?

※この内容は、研究所が立ち上がる前の研究員個人ブログのアーカイブです

野澤さんの場合は、ある意味特殊です。

内容が内容だけに、野澤さんご本人に「イニシャルで書きましょうか?」と伺ったところ、「いや、本名を出して貰って構いません」との返事。
この不可思議な出来事は、まさに、現代の奇跡。
だからこそ、事実実証として、あえてご本人の了承を得て、本名で載せさせていただきます。

彼は14年前に「真我開発講座」を受講しています。
その時は、肉親に対する憎しみで苦しんでいました。

彼の苦しみは半端ない苦しみで、真我開発講座の講師の机をひっくり返すほどの暴れ方をしていたと聞きます。
その力は物凄い力だったようで、力のあるスタッフが数名で押さえこまないと押さえられないほどの暴れ方だったようです。

野澤さん自身がこう表現していました。
「私の場合、まるでエクソシストのようでした。
恨みつらみが止まらないのです。
頭がとんじゃってて、魔物が見えて、エクソシストのように唸り声が出るのです」

「ワァーーーーって、人間の声とは思えない声で叫んで、自分をどうにも出来ないんです」
「何かわからない力で、全部をひっくり返さないと、この怒りも苦しみもどうにもならないのです」

「あまりの激しさに、講座終了後の懇親会の時にも、誰も近づいてこなかったですよ」
そう、当時を思い出して野澤さんは、今や別人のような穏やかな表情で語ってくれます。

いったい、彼の心の中で、何が起きていたのか?
誰もわからないだけではなく、本人もどうすることも出来ない何かの力で、体も心も動かされてしまうのです。
この不可思議な出来事。

最近の言葉で言うなら「心の闇」としか、表現出来ないものなのかも知れません。

しかし、この「心の闇」実は「心の光」だった。
そこまでの心の奥の奥を引っ張り出せるのは、佐藤康行しか出来ないことだと私には思えます。

野澤さんほどではないけれど、こうした人は過去、宗教で何人も見てきました。
そして、ほとんどが、廃人になって病院に入るか、事件を起こすか、自殺をするか・・・・。
まずは治ったという事はほとんど見たことがなかったのです。

それは本人のみならず、周りの家族も本当に苦しむことになったことも、たくさん見てきたのです。
宗教や、お祓いのたぐいのものでは解決しない。
まさに、野澤さんの体験は、そうした貴重な体験になります。

もし、14年前、野澤さんが佐藤康行と縁を持つことが出来なかったとしたら・・・・・・?
彼の人生はどうなっていた事でしょう。
ある意味、想像がつきます。

彼の訳のわからない感情は、内へ向かえば自殺願望に・・・・・。
外へ向かえば、激しい憎しみのエネルギーに・・・・・・。

実際、彼は「自殺しようと思う事があった・・・」そう言います。
「当時の私の日常はおとなしく感情を持たない、反応が少ない人間でした。
ほとんど、何にも反応しませんでした」

心の奥に激しい憎しみを抱えながら、日常は無表情な自分・・・・・。
自分の意志ではどうにもならない自分・・・。

いったい彼はその後、どうしたのか・・・?
そして、現在の彼はどうなのか・・・・・!

野澤さんはその後、タイへ仕事で渡ることになりました。
真我開発講座受講で、母親への恨みは感謝へ変わっていましたが、妹に対しての恨みは、彼の心に残ったままでした。

タイで仕事をしていた彼でしたが、徐々にまた苦しくなってきました。
病院へ行くと、鬱と診断されます。

何とかしようと焦れば焦るほど、症状は重くなります。
ついに幻覚が見え出し、それ以外にもあらゆる症状が出始めます。

タイは昔からの仏教国だけあって、そうした心の病を対象とした病院以外にも民間療法のようなものも数多くあります。
彼は、病院だけではなく、民間療法である人間の発するエネルギーを浄化してくれるところを訪れます。

エネルギーが浄化されることで、不浄なエネルギーが綺麗になり、アセンションが出来るというような内容のものです。
彼はそこを訪ね、エネルギー浄化をしてもらいます。
すると、少し楽になったような気がしました。

ところがしばらくすると、さらに苦しくなってきます。
ネガティブな思いが次から次へと出てきて、自殺願望が湧いて来ます。

また次のところを探しました。
人格者であり霊力があるという「尼僧」のところを紹介されました。
「尼僧」を頼っていくと、「あなたは原罪意識が強い」と言われ、彼女の杖で原罪を軽くしてくれます。
症状を消して慈悲を与えてくれると言います。

確かに少し楽になったような気がします。
彼女からは瞑想するよう言われ、言われたとおり瞑想をしますが、やはり治りません。
さらには咳まで出始め、苦しくて仕方がありません。

再び彼女の元を訪れると「何か、五戒を破るようなことをしたのか?」と聞かれました。
「五戒は守っています」と答えると、尼僧はもうなすすべもなく、彼女が出来ることはすでにありませんでした。

仏教国なので、尼僧は一番困った人に「布施」をすることが修行です。
彼女の布施の修行の対象として、彼女から野澤さんはお金をもらいます。

彼女は野澤さんに「このお金で日本へいって、親子孝行するよう」そう言いました。
200.000バーツ、日本円にすると約70万のお金を渡されました。

尼僧は野澤さんに全財産を与え、日本へ帰るよう言います。
「とにかく日本へ帰りなさい。帰って親に会いなさい」そう言われ、野澤さんは日本へ帰国することになります。

この不思議な動きで、彼は10年以上ぶりに日本へ帰って来ます。

日本へ帰ってきた野澤さんは、早速、佐藤康行のもとに来ます。
佐藤康行と会った途端、訳のわからない感情のようなものが、心の奥のほうから湧きあがってきます。

当初は、佐藤康行に会ったとたん、ヒィーーーッというような金切り声が出て、佐藤の膝に顔をうずめてひたすら泣いていました。
何故、そんなに状態になるのか、彼自身わからないのです。

そのうち、佐藤に会うと、咳が出てきて、むせかえるよな咳が止まりません。
何か、腹の底からのような激しい咳が出てくるのです。

咳と共に、本人の声とは全く違う、低い声の唸り声のようなものとか、高い金切り声のようなものも出てきます。
以前、野澤さん自身が言っていたような、エクソシストのような状態です。

彼は自分でもわからない自殺願望や、得体の知れない苦しみに、常にネガティブな気持ちに苛まれています。
しかし、全く原因がわかりません。
取っ手のない鍋蓋のようで、どこに手をかけていいかわからない状態です。

佐藤康行による面談が始まりました。
野澤さんは佐藤康行に触れたとたん、激しい咳に襲われます。

佐藤康行と握手をしただけで、どこか、深い深い自分でもわからない深いところから、咳といっしょに何かがせり出してきます。
「ゴホッ!ゴホッ!ゴエェーー!グェェーーー!ゴホッゴホッゴホッ!」というような感じです。
ところが、佐藤康行から離れると、自然に咳が止まります。

こんな現象は、エネルギー療法を受けた時も、尼僧にタムカムという儀式を受けた時も出ませんでした。
これらの療法とは、全く感じが違います。
野澤さんにも、何故、自分がこんない苦しいのか?
何故、佐藤康行に触れるとこんなに咳が出るのか、全くわかりません。

自分の中に思いあたる原因がわからないのです。
「この際、徹底的に出してしまいましょう。大丈夫ですよ!必ず良くなります」

そう佐藤に言われ、彼は徹底的に直そうと決意します。
彼自身、何故か佐藤康行のもとで徹底的にやれば、完全に治るという事がわかるのです。

野澤さんは、当初、尼僧から貰った200000バーツがなくなったら、タイへまた行こうと思っていたのですが、腰を落ち着けて徹底的にやろうと決意します。
そして、昔の友人のつてを頼って仕事を見つけ、熱心に佐藤康行のもとへ通います。

佐藤は徹底的に彼の出るものを出させることをする事にしました。
いわゆる、外科手術のようなものです。

いったい、佐藤康行がやっている事はなになのか?
尼僧の儀式やエネルギー療法とどこがどう違うのか?
そして、野澤さんには「心の闇」があるのか?

私なりの解説をしたいと思います。

野澤さんのような症状は、私が以前入信していた宗教だったら「悪霊がとり付いた」という事になります。
病院に行けば、何らかの心の病の病名がつくと思います。

宗教も現代の医学も、また、ほとんどの人がこれを取り去るための何らかを行おうとします。
わかりやすく言えば、「悪霊払い」だったり、儀式だったり、薬だったり、他のエネルギーを加えることで良くしようとします。

佐藤康行はこのどれとも全く違う事をやっているのです。
「違う事」というより、実は全く「ま逆」をやっているのです。

佐藤康行はいったい何をしているのか・・・!

佐藤康行は、野澤さんの中にあるもの、それをただ「引き出している」だけなのです。
加えたり、何かを与えたりするのとは真逆で、ただ、彼の中から引きだしているだけなのです。

何を引き出しているのか?
人間は「記憶」で出来ていると、佐藤は言います。
「記憶」とは先祖の記憶(DNA)と(過去世があるとしたら)過去世の記憶、そして生まれてから今日までの記憶。

野澤さんの場合、理由がわからないので、出てきているのは、深い深い自分でも覚えていない深い記憶なのでしょう。
細胞レベルにまでしみ込んでいる深いレベルの記憶を、今、はき出している最中なのでしょう。

事実、野澤さんは出すごと、表情も変化し、心が楽になって来ています。
「ネガティブな思いが湧きあがってこなくなった」そう言います。

外から何かを加える事によって、治そうとする・・・・。
私たちはこのやり方しか知らないのかもしれません。

しかし、佐藤康行のやっている事は、これとは真逆のなのです!
ただ出させる。

例えば、人間の体は、体の中に異物が入れば、下痢となったり嘔吐となって自然に出ます。
それは、人間が作ったものではなくもともとある力です。

そのもともとある力と同じ力に合わせているのが、佐藤康行のやっていることなのです。
だから、佐藤に触れると野澤さんからはどんどん異物が出てきて、出て来る毎に野澤さんは楽になっていくのです。
ある意味、野澤さんが自分自身で行っているのだとも言えます。

 

佐藤康行の「引きのエネルギー」は見ているだけでは全くわかりません。
野澤さんとの様子を見ていると、本当にわかりやすいのです。

野澤さんは佐藤に触れるだけで、激しい咳が出ます。
最近では、佐藤の写真や佐藤を思い出すだけでも咳が出るようです。
・・・と、言う事は、佐藤の写真や音声など、そうしたものも「引きのエネルギー」そのものだという事です。

YSコンサルタントで、佐藤康行の音声が入った「YSポット」を聞き続けていて、どんどん売り上げが上がって行くという根拠も、ここにあるのです。

さて、表題の「心の闇」というものは、本当にあるのかどうか・・・・?

佐藤康行はオギャーと生まれる前からある記憶と、生まれてからの記憶は9:1だと言います。
生まれる前の記憶が9という事です。
だとしたら、人間はすでに生まれる前からほとんどが決まってしまっているともいえます。

野澤さんを見ていると、それが良くわかります。
彼の思い出せる記憶ではない、自分ではわからない深い記憶からのネガティブな感覚や自殺願望、自分を抹殺したい願望のようなものが出ていて、どうしようもなかったのです。
それを、外からの何らかのものをやったからといっても、それは無くなるはずはないのです。

しかし、佐藤康行の「引きのエネルギー」=真我そのもので、どんどん出てくるもの・・。
それが咳となったり。叫び声となったり、涙となったり・・・・。
出せば出すほど、彼は真我も同時に引き出され、楽になるのです。
顔つきも性格も、彼の人生そのもの、そして、彼の未来も全て変化していきます。

しかし、世の中の人はほとんどこの事を知りません。
本人がどうにもならない、どこから来るかわからない、心の深いところから出てきてしまう感情。
そして、その感情に左右されて、知らず知らずに行ってしまう行動。

その事実を理解できない人が名つけたものが「心の闇」と言われているものなのではないかと、私は考えます。
いったい「心の闇」は本当に存在するものなのかどうか・・・?

これは、あくまでも私の意見なのですが、野澤さんを見ていると「心の闇」は無い。そう思えます。
今や、野澤さんは講座を受けたり、PIAで講師の勉強もし、講座の中では、佐藤でなくても出す事ができるようになってきています。
今や表情も全く別人のようになり、穏やかな表情です。

出せば消え、さらにはその記憶のお陰で、野澤さんが多くの同じような苦しみを持った方をどんどん救っていくようになるとしたら・・・。
野澤さんが、それで心からの幸せややりがいを持てるとしたら・・・・。

だとしたら、野澤さんが生まれ持ってきた「記憶」は、そもそも闇だったのか光だったのか・・・・?
皆さんはどのように思われるでしょうか?

野澤さん、貴重な体験をご提供いただき、ありがとうございました。
紙面を借り、心から感謝申し上げます。



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