佐藤康行「自分の力」

※この内容は、研究所が立ち上がる前の研究員個人ブログのアーカイブです

佐藤康行が自分の中にある力に初めて気づいたのは、中学のときです。

ある時、友人数人とふざけていました。
そして、喧嘩のようになり、思わず自分が本気になった時、ワァーーー!と、自分でもわけのわからないものが出たのでした。

そうしたら、その友人数人が、佐藤のそのエネルギーに全く動けなくなってしまいました。
佐藤は、初めて自分の中にある底知れない力に、気づき驚くのでした。

「自分にはこんな力があるんだ。
相手が何人いても関係なく、相手を一瞬のうちに倒せる・・・。
こんな力があるんだ」

子供だったから、その力がどういうものか、はっきりとは判らなかったけれど、人間のギリギリの部分がわかったそんな体験でした。

そして佐藤は、自分の中にあるその秘めたパワーというかエネルギーを、佐藤の人生の中で、人をやる気にさせたり、営業のエネルギーになったり、あらゆるものに変換させていくのでした。

今でも佐藤康行が、そのパワーのようなものを、余興のように見せてくれる事があります。
それは、割り箸を割り箸の入っていた紙の袋で、5本位軽く一瞬に割ってしまう事が出来ます。

また、腕相撲もどんな力がある人にも負けません。

特に筋肉を鍛えている訳でもなく、筋肉隆々でもないのに、相手がいくら強くても一瞬のうちに腕相撲の相手を負かしてしまうのです。
その一瞬のパワーのようなものは、目の前で見ると何が起こったのか!
本当に驚いてしまいます。

また、佐藤康行にとって、中学の時は人生最大の出来事が起きます。
それは、大好きな母の死です。

佐藤康行の講演会や講座、本などにも書かれていますが、佐藤にとって母の早すぎる死は、佐藤にとって最大の大きな意味を持つこととなります。
もし、お母さんが長生きして下さっていたら、多分、今の佐藤康行はいなかったかも知れません。

東京へ集団就職で出てこなかったかも知れませんし、その後東京で体験するあらゆる出来事は無かったことでしょう。
北海道で人生を過ごしていたかも知れません。

それほど、佐藤康行の人生の中で、母の死は大きな意味を持つものでした。

お母さんが亡くなる日、いつもと全く同じでした。
「康行、起きなさい」

そう起こされ、朝ご飯を食べ、いつものように学校へ行ったのが、母との最後になるのでした。



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