佐藤康行「自伝講演会」

※この内容は、研究所が立ち上がる前の研究員個人ブログのアーカイブです

佐藤康行の初めての「自伝」が、日本でも最大手の出版会社から来年出版される予定です。
昨夜は、その前段階として、「佐藤康行自伝講演会」が開催されました。

会場一杯の人。
そして、会場には参加できない、海外、地方の人も、ウェビナーで配信される講座に同時に参加して下さっていました。
それほど、佐藤康行の自伝を待ち望んでいる人がいるわけです。

しかし、考えてみたら、佐藤康行ほどあらゆる経験をして生きてきた人の自伝が無い事自体、ある意味不思議なことです。
佐藤自身も80冊を超える書籍を出版しながら、しかし、自身の自伝は一冊もありません。
これも不思議な事です。

何故、佐藤は今まで自伝を出さなかったのか?
私なりに、佐藤の言葉の端々から推測してみようと思っています。
そして、佐藤康行の真意に迫ってみたいと思っています。

佐藤は昨夜もこのような内容の事を言っていました。
「私は自伝を話しているようで、精神性の話を話しています。」

「私は自分の成功を語っている訳ではないのです。
私も失敗だらけの人生です。でも、この失敗も財産ですよと言っているのです。」

「人は人の失敗を聞いて、勇気が出て来る人もあります。
また、人の成功を聞いて、夢を持つ人もあります。
どちらの人もいるのです」

「ですから、私は、失敗した事も、上手くいったことも、両方とも隠すことなく話しているのです」

佐藤康行が自身の体験を語る場合、それはその体験が人の役に立つ時です。
それは、決して自慢話や、何かの教訓めいた事を言いたい訳はありません。

ただ、ひたすら「どうですか?この体験はあなたの役に立ちませんか?
この事実を聞いて、どうですか?あなたも、素晴らしいあなたを発見してみませんか?
そして、どこまでも幸せになりませんか?」
そう言っているにすぎないのです。

佐藤康行は、自伝を出す事で、自身の人生が自慢話になる事を極力避けていたのです。
何故なら、佐藤康行の人生は、私たちに生きていく事の勇気を希望を与えることそのものの人生を、自らが実証してきたに他ならないからです。

北海道の極寒の中で、貧乏だった幼少期。
そして、14歳で最愛の母を亡くし、15歳で単身で集団就職。そして、皿洗いから体一つで日本で有名な実業家となるまでの道のり。
ある意味「血のにじみ出るような・・・」と言ってもおかしくない数々の体験。

しかし、その全てを、私たちの人生に役立てようと、軽やかに語るその姿に、佐藤康行らしさを深く感じています。
そして、その話を聞いて、自分の人生を生まれ変わらせようとする我々がいてこそ、佐藤康行の人生に関わられた全てのキャストが報われるのではないでしょか。

昨夜は、佐藤康行の人生に、あらゆる角度から関わってくださった多くの皆さまに心から感謝をせずにはいられませんでした。
そして、こうして包み隠さず話してくれる佐藤康行に、深く感謝せずにはいられません。



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