心の臨死体験

※この内容は、研究所が立ち上がる前の研究員個人ブログのアーカイブです

「指一本触れなくても、人間は心が死んだら死ぬ事が出来る」
そう言った、佐藤康行の心境がいかなるものであったか?

この言葉を始めて聞いた時、私は、いったい「指一本触れなくて、死ねる」という状況とは、どんな状況で何だろうかと、衝撃を覚えてた事を思い出します。

私も人生の過程で、「死にたい」と思ったこともありましたが、ここまでの深い苦しみがあるということは、知りませんでした。
だから、どんな心境であるのか、想像がつきませんでした。

佐藤康行は「心の臨死体験」といいます。
「私は本当に危なかったのです」とも言います。

自分の顔を、自分の手で引っ掻き、血まみれになったこともあると聞きます。
人生の壁に40K位のスピードでぶっつかるのと、100キロのスピードでぶっつかるのとでは、その衝撃の度合いが違うと聞いたこともあります。

しかし、どれだけ話を聞いても、佐藤の苦しみの深さは、私には想像がつくものではありません。

当時、経営者の立場で、すでに真我開発講座をスタートしていたと聞きました。
また、全国に講演会に年間100回くらい呼ばれ、出かけていたと聞きました。

明らかに、自分の使命に気づいていた訳です。
自分はどう生きなければならないかは、判っていたのに、現実はそう生きられない事情があったのです。

佐藤を慕って仕事をしている社員。
その社員には家庭があり、生活がある。

また、家を担保に莫大な借金をして、佐藤と人生を共にしようとている人もいる。
店をつくり、店舗展開をする苦労を共にしてきた社員や仲間もいる。

裏切ることは出来ない。
その人達を裏切れない。
しかし、自分に示されている道は、全てを捨てて、この目に見えない「真我」という世界で生き切るしかない。

その苦しみはいかほどであったかと思うのです。

私が仕事を整理し、真我に踏み出す時でさえ、私なりに、苦しんで悩んだ末の決断だったのですが、佐藤の場合は、それとは比べ物にならないほどの苦しみであった事と想像します。

そして、その苦しみの中、ついにその時は訪れます。
佐藤は光の中に、ポーンと自分が上がった経験をします。
それから、佐藤は、この世の真実のあらゆるものが観えるようになるのです。

そして、経営していた会社を譲り、全てを捨ててこの道一本に生きていくことになったのです。
この道に入った時に、その「指一本も触れなくても死ねる」という心の臨死体験は、その後、佐藤の元にくる多くの人の役に立った経験となったに違いありません。
そして、その一点を貫く佐藤には、全ての経験が必要であったことだと思うのです。

私はその佐藤の決断に、佐藤のその苦しみに感謝せずにはいられません。

その事があったからこそ、今の自分がいるという事。
佐藤のこの経験によって、私達は救われているという事。

その事を思うと、感謝せずにはいられません。

その時から、佐藤の新しい人生が生まれるのです。
それを、佐藤は生まれ変わり(今世)と言っています。

そして、その時の佐藤の経験により、佐藤に救われた人はすでに15万人になろうとしています。



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