引き続き「黄金の雨」の凄さについて

※この内容は、研究所が立ち上がる前の研究員個人ブログのアーカイブです

昨日に引き続き、この黄金の蔵から降り注ぐ、黄金の雨の話をします。

昨日、泥水の話をしました。
「私には、黄金の雨が全く降らない。
どう見ても、泥水しか降ってこない。」

「黄金の雨だけを受け止めたい。
泥水はいらない」

そう思う方もいらっしゃるのではないでしょうか?

佐藤康行はこういいました。
「泥水と見えても、その中に黄金が混じっているのです」
「黄金が雨が降ってくる間に、空中のちりやばい煙をきれいにしてくれて、それが泥水に見えるけれど、その中に黄金がある」と・・・。

だから、泥水も黄金の雨も全部受け止める。
そんな大きな器で、黄金の雨を受け止めて行くと、自分という人間の器も大きくなると佐藤はいいます。

黄金だけは受け止めて、泥水は受け止めたくないとやっていると、小さな器になって、いずれ黄金も受け止められなくなるほどの小さな器になってしまうのです。
それは、まるで傘をさしているのと同じ状況なのです。
傘をさしながら「私には黄金が降らない」と、そう言っているのと同じなのです。

泥水はそれも天に返して、「これで良かった」とすると、良かったことがいっぱい出てきて、それが黄金になります。
でも、まだ、泥水が消えないとしたら、さらに「これで良かった」と、黄金にする。

消えなければ消えないほど、黄金が増える。
さらに消えないお蔭で、黄金がもっともっと増えてくる。
この、もっともっと増えた黄金が、重くなって天から黄金の雨として降り注いでくる。

だからこそ、この泥水のお蔭で、黄金の増えてくれると知ったら、簡単に泥水は消えないほうがいいのです。
むしろ、簡単に消えてしまっては困るのです。

泥水は消そうとしなくっていいのです。
泥水のお蔭で黄金が増えれば、相対的に泥水が小さくなります。

そして、さらに黄金が増えると、いずれこの泥水は、相対的に小さくなって、光輝くダイヤモンドになる・・・・!

これって、凄い!
こんな話は、世界中探してもありません。
佐藤康行だからこそ、佐藤康行ならではの話なのです。

泥水を消そうとしなくていいのでした。
泥水を避けようとしなくていいのでした。
そのままで良かったのです。
その泥水のままを、黄金に変えていけるのです。

この話に、私はノックアウトされ、かなりの興奮でいます。
私には「天下の大発明」
「完璧な話で、どこにも隙のない話」だと。

これが毎日、自宅で、ひとりでできるわけですから、もう、人生すでに勝利したということなのです。



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