性能のいい自分を使いこなす

※この内容は、研究所が立ち上がる前の研究員個人ブログのアーカイブです

「自分を、もっともっと使いこなせたらいいですよね」
「自分の性能のいいところを使いこなす、最も性能の良いところを使いこなせたらいいいですよね」

昨日の、飛神覚醒会で、佐藤康行はそういいました。

昨日の飛神覚醒会は、佐藤康行のパワー全開でした。
話が壮大で、深く、まさに凄い話でした。

佐藤康行という人がどれほど凄いのか。
佐藤康行という人の思いがどれほどなのか・・・・。

その一端を見たような気さえしました。

会場内は、受講生の感嘆と感動で、不思議な雰囲気になっていました。

さて、佐藤康行が何を話したのか・・・・。
そこをお話ししたいと思います。

「今日は切り口を代えて、話してみましょう・・・・」そんなところから始まりました。

真我は頂点。
この一点だけをやってきた、佐藤康行。

しかし、この一点さえわかれば、全てが分かるということ。
その一点で、この世にある全ては、見えてくるということ。

しかし、この究極の頂点の一点は、言葉では説明できない。
この言葉で説明できないものを、何とか説明したい。
その佐藤康行の「悲願」が、図になり、ワークになってきたのです。

「神から見たら完全で完璧なのですが、人間の価値観で見たら不完全に見えるのです」
「あなたの思う、完璧を求めるのではないのですよ」

あなたの求める完璧を求めたら、永遠に無理です。
神から見たら完璧。
最初から、神から見たら完璧。

そのように、見えなくても、そのように扱う。
そうすると、表面化したものが消えていく。
夢のように消える・・・・。

そのように、自分を自由自在に扱えたらいい。
自分という素晴らしい乗り物。
この、自分という乗り物の、最高の性能の部分を、使いこなせるようになれたらいですね・・・。

そう佐藤康行は言いました。

「自分を使いこなしましょう」
「自分を、もっともっと、使いこなしましょう」

自分の中には、性能のよい部分と性能の良くない部分がある。
その性能の良い部分が使いこなせたら、本当に便利だということ。

そして、その使いこなし方を具体的に話してくれました。

自分の悩みや恨み。
さっぱり解決出来ないことを、解決しようと延々と取り組んでも、解決はできない。

それは、悩みを悩んだ心では解決できない。
恨みを恨んだ心では解決できない。

しかし、その心を、どうにでも自由自在に使いこなせるようになればいい。

その出来事をどうにかするのではなく、自分の視点を変えていくことで、全く違うように見えてくる・・・。

佐藤康行の心奪われる話は、まだまだ続きます。
昨日の、飛神覚醒会では、質問が次から次へと出ました。



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