佐藤康行と「真我との対話」を・・・・!

※この内容は、研究所が立ち上がる前の研究員個人ブログのアーカイブです

昨日、ある会議があり、そこに出席している佐藤康行と「神との対話」をしました。
参加者の皆さんの前で、思いっきり自分の気持ちを話してみました。

一度、機会があれば、自分の気持ちを佐藤康行に話してみよう。
佐藤康行にこのままの自分の気持ちを聞いてみようと思っていました。

ここ最近の自分に起こる一連の「好転反応」から「自己処罰」的な気持ち。
それらをそろそろ払しょくしたいと思っていたのです。

思ったら、すぐにその機会が訪れました。
昨日、ある会議の席で、佐藤康行が「なんでも質問があればどうぞ」
「今日は皆さんからの質問からいきたいと思います」と、そう言ったのです。

早速、手を挙げて「学長と『真我との対話』をさせてください」と、そう切り出しました。

佐藤康行と対面し、やり取りをしました。

私はかなり泣いてしまい、テンぱっていたので、明確に覚えてはいませんが、その時の当事者としての不思議な感覚をお話ししたいと思います。

佐藤康行という、会えるはずのない人物と会い、そして、ここまでのご縁をいただきながら、まだ自分がやりきれていないこと、どれほど情けない自分であるかなど・・・・。

目の前に今、神がいると思って話しました。

前の前の神は、静かに私の気持ちを聞いてくれました。
そして、いくつかの話をしてくれました。

ひとつはお釈迦さまの手のひらの孫悟空の話でした。

『どれだけ頑張ってやったつもりでも、気が付いたらお釈迦様の手のひらの上だった。
ある程度まで行ったつもりだったけれど、気がついたら何も出来ていなった』
そんな気持ちなんですか?

その通りでした。
涙が溢れました。

「それが本当にわかったということなのですよ」

そう言われ、さらに涙があふれました。

人を裁く気持ち、人を三日月と見る気持ち。
なんで満月と見えないのか・・・・。
そんな自分がやりきれないと話した時

「三日月が満月なのですよ」

たしか、そんな不思議な話だった記憶です。
この言葉で、私はスイッチが入ったような気がします。

このやり取りは、音声を録音させていただいていますので、近日中に是非、皆様と共有させていただきたいと思っています。

結論から申し上げれば、私は相当、心が楽になりました。
ご出席の皆さんの前で、神に懺悔させていただいたような気持ちです。

よく死ぬ前に、自分の罪を懺悔するという話がありますが、まさに、昨日の私は、目の前の神に許しを乞い、皆さんにも私の愚かさを聞いていただき、懺悔をしたような気持ちでした。
何か、肩の荷が降りたような、ホッとした気持ちです。

その瞬間から、新たに生まれ変われた
今は、そんな気持ちです。



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