ほとんど、かぶせ

※この内容は、研究所が立ち上がる前の研究員個人ブログのアーカイブです

「ほとんど、かぶせていると思ったほうがいい」
ある時、佐藤康行はそう言ったことがありました。

それほど、知らないうちにかぶせてしまっているということなのです。

愛すれば愛していればいるほど・・・・。
良かれと思って、知らず知らずにかぶせてしまっている。

そして、そのかぶせていることにさえ気づかずにいる。

自分は聞いているつもり
相手に好きに話させているつもり
相手の気持ちを尊重しているつもり

まったく自分のやっていることがわかっていないのです。

しかし、かぶせられている方は
愛で言っているのだと分かっているからこそ
反論が出来なくなって
がんじがらめになって、うつになったり、ひきこもりになったりしている。

このシンプルな縮図は頭では理解できている
わかっているつもりでいる

わかったつもりだからこそ、かぶせていることに気づかずにいる。

だからこそ、佐藤康行は
「ほとんどがかぶせだと思ったほうがいい」と、あえて言ってくれたような気がするのです。

だからこそ、「相手は満月なのだ」」という大前提で
何があっても押し通して行くことの大切さを、さらにさらに思うのです。



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