かぶせないための7つの法則「法則その2」

※この内容は、研究所が立ち上がる前の研究員個人ブログのアーカイブです

かぶせないための7つの法則とは次の7つです

1、問題は解決しなくていいい
2、相手のことはわからなくていい
3、「正しい」と思うことをするな
4、人は変わらなくてもいい
5、反省をしないこと
6、「願い」も「望み」も持つな
7、あなたの防衛本能をとれ

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法則その2
「相手のことはわからないほうがいい」第1話
B子は幼少のころから、家族の中でわかってもらえない孤独感を感じてきたせいか、苦しんだり辛い思いをする人を知らん顔していることはできませんでした。
なんとか辛い人や苦しんでいる人のために、役に立てないものだろうかと心から思っていました。

テレビで戦争や悲惨な出来事が報道されると、自分のことのように心が痛みました。
また、世の中で苦しいことや辛い出来事などを耳にすると、なぜ、こんな風になるのかと、そして何とか出来ないものかと、心を痛めているのでした。

自分の心も楽になりたいし、人も幸せになってほしい・・・・!
B子は心からそう思っていました。

そんな思いで、目に見えないものに対しては大変興味を持っていました。
ですから、心についての本もたくさん読みましたし、今までも多くの方の悩みにも積極的に関わってきました。

「何か困っていることがあれば、いつでいってね」と、昔から人に相談されると、自分の時間を犠牲にしてまで人のためにやってきていました。

まずは相手の気持ちになること。
相手の痛みや苦しみを心底わかったあげること。
それが大切だと思ってきました。

そのためには、相手の方の悩みを真剣に聞き、そして、どこが辛いのか・・・・。なぜそう思うのか・・・・。
自分が理解をすることから始めようと、そんな努力も惜しみませんでした。

今まではそれ相応に解決したり、喜ばれたりしてきました。
ですから、自分自身、全くやっていることに疑問を持ってはいませんでした。

そんなB子の面倒見の良さを買われてか、B子が所属している、あるサークルのリーダーに選ばれます。
このサークルは、B子も力を入れてやってきたものですし、心から力を発揮できるサークルです。

B子はそのリーダーに選ばれたことを、心から喜びました。
そして、さらにサークルの皆さんの役に立とうと、心踊るような気持ちで役割をまっとうしようと決意したのです。

そんなときに、ある事件が起こります。
それはB子にとっては、想像もしていない思ってもみない事件だったのです。

B子に起こった出来事・・・・。
それは、ある時、B子のもとにこんな相談が持ちかけられたところから始まりました。

「ひとりの見勝手な人が、サークル内で勝手なことを行ったり行動したりして、みんなを困惑させている」というのです。
さらに事情を聞いてみると、確かにこのまま放ってはおけないと思いました。

その話を相談してきた人は、困っているみんなのためにあえて言っているというのです。
しかし、こうやって相談したことは黙っていてほしいともいうのです。

もともと、困っている人を黙って見ていられないB子です。
周りのみんなが困っているという、その事情もよくわかりました。

また、相談して来た人の考えも良く理解できました。
そして、言いつけたみたいに思われたくないという、彼女の考えもよく理解出来ました。

その事情を良く理解したB子は、早速、リーダとして、その身勝手にふるまっている人に話を聞くことにしました。

ちょうど、勉強したプロカンという手法を使って聞こうと思い、じっくりと時間をとって、身勝手だと言われていいる人と話をはじめました。

まずは歯車合わせのために、彼女の言うことにオウムが返しをしていきました。
そして、さらに引き出すための質問も投げかけたりしてみました。

出来れば、彼女自ら、本人の言動の間違いに気付いてもらい、さらには周りの皆さんと調和することの大切さに気付いてもらいたい。
その一心で、B子はいろいろと質問を投げかけたのです。

しかし、相手の様子が変なのです。
途中から怪訝な顔つきをし始めたのです。

そして、このやり取りがとんでもない事になってしまったのです。

 

それからしばらくしてからの事です。
B子は困ったと相談してきた人と、ワーク内で勝手な振る舞いをしているという人が、仲良く喫茶店で何か熱心に話している光景を目にします。


B子は本来、困った人の役に立ちたいと思う性格です。
困っていた彼女が、その困らせていた相手とも言える人と、仲良くしているのは「良かった」とそう思うのですが「それならそれでひとことくらい言ってくれてもいいのに・・・」と、そうとも思いました。


「自分がふたりの中に入った事も少しは役に立ったのかな」そんな思いで、これでサークル内もうまく治まると、リーダーという役割を持ったB子としては、ほっとしたのでした。


しかし、間もなく、B子はサークル内で思いがけない噂を耳にするのでした。

それは、B子がリーダーとして、上から物事を見ている。
そして、自分が気に入らない事は、警察の如く尋問をしたということが、まことしやかにサークル内に流れているのです。


まるで「あなたが問題なのよ」」と言わんばかりの雰囲気で、あれこれ聞かれる。
独善的だという、そんな話でした。


思ってもみない話に、B子は驚きました。
なぜ、そんなことになっているかもわかりませんでした。


B子の脳裏に、ふたりが喫茶店で話していた姿が浮かびます。
「あんなに大変だと、相談してきたあの人のために、こんなに心配したのに・・・」
そう思うと、人のことが信用できなくなるような気持ちになり、悲しくて仕方が無くなりました。


「なぜ、私がこんな目にあうのだろう・・・・・」そう、すっかり自分が被害者になった気持ちのB子は、これからどうサークルのリーダーをやっていったらいいのかが、分からなくなってきたのです。


そんな時、常日頃から最も尊敬している佐藤康行に相談できる機会がありました。
B子は思い切って、今回の出来事を相談してみました。


そこで、B子は、佐藤康行の口から思いがけない言葉を聞くのでした。
その佐藤康行の話は、B子の人生観をひっくり返してしまうほどの衝撃的な話なのでした。

 

(佐藤康行のことば)

B子さんが良かれと思ってやったことが逆に出ちゃったということですね。


B子さん、相手の事はわからなくていいのですよ。
わからないから、相手の価値観に合わせられるのです
わかったら、自分の考えが出てしまうという事もあるでしょ?

だから、「相手の事はわからないほうがいい」のです。


わたしが宝石の営業の仕事をしていた時、最後までどうしてもわからなかったことがあったのです。
それは、なぜ、何十万も、何百万も出すのか、分からなかったのです。
だって、食べられるわけでもないし・・・・・。

でも、そのわからなかったことが良かったのです。
わからないから、相手の価値観に合わせられたのです。


B子さんが、かわいそうな人や苦しんでいる人の役に立たってあげようとするのは悪いことではないのです。
ただ、B子さんが相談者の考えがわかりすぎると、相談の相手の事をそういう目で見てしまう。

「あの人はこういう人なんだ」って。
そうなると、それが固定概念になってしまう。


本当は、「こういう人」なんていないのです。
あなたが思う「こういう人も、ああいう人」もいないんです。

もっと言えば、問題な人なんて、いないのですよ。
問題な人がいるとしたら、全員がそうなんですから・・・・。

「あなた、こんなところがあるでしょう」という雰囲気でやってしまうと、例え相手のことを思ったつもりでいても、言われたほうは、あなたからかぶせられた気持ちになるのです。

そして、気付いてほしいという気持ちも、あなたの価値観。
相手は勝手に気付くのです

ね、だから、私のような立場になればなるほど気をつけている。

信頼される立場になればなるほど、言葉ひとつで、心ひとつで相手をどうにでも出来てしまう。

私と縁があった、私を信頼すればするほど、私の心ひとつでどうにでもなることがあるのです。

だから、こういう立場になればなるほど、そういうことが大事だと、私の場合はきをつけているのです。


そういうことをね、分からないで、自分の考えや価値観を押し付けていく、それをパワハラだとか言うのです。

私が「こうしたらいいですよ」という話じゃないんです。
答えはすべて、B子さんの中にあるのです。

わたしと話をしていると気付いていくし
エネルギーが変わっていくのです。


わたしのやっているのは相手の価値観に合わせているのです。
だから、
「相手のことはわからないほうが、かえっていいのです」

B子さんは個人的に、そのお話に興味があったのではないですか?
個人的な興味で聞かれている
もしかしたら、そのように取られたのかもしれないですよ。


それでなにかよけいなお世話だと思われているのかも知れませんよ。
相手にとってはです。
相手がそう思ったら相手にとってそうなのです

私は個人的な関心はいっさいないんです。
個人的な興味もありません。
だから、こうして相手も安心して何でも言えるのです。

個人的興味が無いから、人に漏らす事も無い。
まして固有名詞も無い。
真我を知っちゃったら、そんなものどっちでもいい話になるのです。

個人的興味を持ったらすぐにそうしたことを、相手は感じると思いますよ。
個人的興味を持っちゃいけないという事です。

わたしの場合は、真我にだけ興味がある
真我でこれがどう変化していくか、ということだけに興味があるのです。

病気が何千種類あろうが、そのことに興味はない。
真我にしか興味はない。
そうしたらこの病気が消えちゃったということになる


病気が先じゃない。
常に真我が先

私から見たら、みんな同じに見える。
全部どの病も全部同じに見える


だから、最初から全部どんな難しいと思われるものが来たとしても、
いまだかつて、「これは無理かな」と思ったこと、ただの一回もないのです。



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