佐藤康行の先祖 (タイムスリップ①)

※この内容は、研究所が立ち上がる前の研究員個人ブログのアーカイブです

佐藤康行の先祖
佐藤康行は1951年3月7日に北海道の美唄市、我路(がろ)というところに4人兄弟の末っ子として生まれました。
家は坂を登ったところにあったと聞いています。

佐藤が生まれる前は、この地域は石炭が取れた地域のようで、栄えていたようですが、佐藤康行の学生時代には、社会も石炭から石油へ・・・。
どんどんと町は人口が減っていたときのようでした。

佐藤康行の父方の先祖は、秋田の武家です。
母方の先祖は、北海道で代々商売をやってきた家柄だったようです。

このルーツが全く違う両親を持った佐藤康行には、幼少時から、もともと言い出したら一歩も下がらないというような、武家独特の一本筋の通った性格と、柔軟に対応できる商売の血と、この二つがDNAとしてあったようです。

そんな先祖の歴史を持った佐藤家の末っ子として生まれた佐藤康行は、小さいころは全く勉強が嫌いで、勉強はまったくといっていいほどやらなかったようです。
毎日、毎日、友達と楽しそうに遊んでいたようです。

しかし、それは、今から思うと、人間が作った学問というものには、その当時から興味が持てなかったのではないかと思われるのです。

佐藤康行3歳か4歳のころ、佐藤のお母さんが脳溢血で倒れます。
その時は、命に別状はなかったのですが、そのときに医者にもう一度倒れたら最後だといわれていたようでした。
そして、10年後、二度目の発作がおき、それが本当になってしまったのでした。

一度目に倒れたときは、小さな佐藤康行をおぶって、近所の道の階段を登っているときでした。
突然、倒れた母におぶわれていた佐藤康行は、放り出され、大声で泣いたとテープにはありました。

さて、佐藤康行の家は、父親が長く戦争にいていたため、戦争から帰ってきてからの仕事が大変だったらしく、幼少時は貧しい家庭だったといいいます。
寡黙な父親と、よく働く気が強い母親の元で、末っ子として、佐藤康行は両親や兄弟に愛されて育っていくのでした。
(明日に続く)


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3.佐藤康行の逸話紹介
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