言葉の神様

※この内容は、研究所が立ち上がる前の研究員個人ブログのアーカイブです

「お母さん、B男が佐藤先生に面談してもらえる日が決まったよ
12月19日の午後3時からだよ」

電話口の向こうで、母が一瞬、息を飲んでいます。
そして、母は突然、ワァーと泣き崩れたのです。

さて、今日は昨日の私の指輪の話から
同じような体験をされたA男さんがお寄せ下さいましたなんとも不思議な体験談をお送りいたします

A男さんは子供の頃父親を亡くしています。
母親は必死で、自分たち3人の息子でここまで育ててくれました。

しかし、成人してからA男の弟のBは欝を発症し、それでもなんとか会社勤めをしていたのですが、うつ状態がひどくなり
「もう耐えられない。お兄ちゃん、助けてくれ!!」そう言って苦しんでいました。

弟は家から出られず、マスクをし、頭を抱えてぶるぶる震えて「もうダメだ。俺はもうダメだ」と苦しんでいました。
A男には、弟を救えるのは、世界中でたっとひとり、佐藤康行だけだしか思えませんでした。

早速、学長面談を申し込みました。
そして学長面談の日程が決まりました。
その日程が12月19日の午後3時だったのです。

その日程を母に知らせたとたん、何故か母が泣き崩れたのです。
そして、泣きながら母はこういいました。

「A男
その日、その時間は、お父さんが亡くなった日にちと時間だよ」

偶然なのか
父親が亡くなった日にちと時間が全く同じ日程に
佐藤康行と弟の面談が決まったのでした。

父を愛していた母親
父がなくなった時、誰よりも悲しみ、泣き崩れていた母
父が亡くなっても、ずーとひたすら父を愛し続けている母親

その母親にとって、最愛の息子のピンチが救われる日程が
夫の亡くなった日と同じ日にちと時間。
だから母親は、その日にちと時間を聞いたとたん、泣き崩れたのでした。

 

そして12月19日午後3時、当日が訪れました。
家で、マスクをし外へ出られず震えていた弟と佐藤康行との面談は
ものの5分くらいで終了したのでした。

しかし
そのものの5分くらいの面談で、あれほど苦しんでいた弟は
見事に蘇ったのです。

それは、佐藤康行の発したたった一言の言葉でした。
その一言で、見事に弟は蘇り、そうして現在は全く元気にしています。

その一言とはなんだったのか?
そして、この出来事をきっかけに、さらに驚くべき、とんでもない佐藤康行との縁がわかってきたのでした

12月19日午後3時
A男の父親が亡くなった日、同じ時間に
欝の弟のBの学長面談が行われました。

 

たった5分の佐藤康行との面談
そこで、佐藤康行が言った言葉とは?

仕事の事で苦しんでいる弟
仕事は絶対にやめられないと思い込んでいる弟に
「仕事といのち、どちらが大切ですか?」
そう、佐藤康行は優しく弟に問うたのでした。

その言葉は、まさに、父親が天国から
一番大切なものは何なのか
父親の命をもって教えてくれていたのでした。

その佐藤康行の言葉の中には
父親が息子を思う気持ちに溢れていました。

佐藤康行のそのことば
弟は「絶対やめることが出来ない」と思いこんでいた気持ちをふっきり、
やめることが出来ました。

そして、弟はその後、真我開発講座に集中したのでした。

すっかりもとに戻った弟のBの現在は
以前勤めていた会社から、再び誘われ
新たに生まれ変わった気持ちで、復職することも出来ました。

 

さて、それまで、A男が熱心に真我を追求していると
「あまりのめる込むんじゃないよ」と心配していた母親も
12月19日午後3時に面談が決まったという不思議な出来事いらい
ただ事ではないと感じているのか
全く心配をしなくなりました。

しかし、これだけではなかったんです!
さらに、さらに驚くべきことがわかったのでした。

A男が母に佐藤康行の事を知ってほしくて
佐藤康行の有名な「伝説の講演」の音声を
母に聞かせたときのことでした。

母親は「この話、知っているよ」
「母さんは、昔、この話を聞きに講演会に行ったことがあるよ」

えーーーー?
どういう事?

母は、かの有名な
ダビング、ダビングで一人歩きしたという逸話の
「伝説の講演」を直接聞いた人だったのです。

A男が佐藤康行と縁をもつ
何十年も前から、母が縁をつないでいてくれたのでした。

その縁が、A男をすくい
弟を救い
父を救い
彼の家族全体
彼の先祖全体を救っていた

A男が思っても見なかった出来事
その出来事の深い意味

その目に見えない力を感じたとき
A男は、神の見えざる業に魂が震え
涙が止まりませんでした。



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