魂の追っかけ

※この内容は、研究所が立ち上がる前の研究員個人ブログのアーカイブです

昨日、ブログ仲間の吉田さんが「魂の追っかけ」というブログを書いていました。

彼女と私とは、3年近くに渡り、佐藤康行を欠かすことなく追っかけて来ました。
それは、物理的に追っかけているという事です。
日本全国どころか海外まで佐藤康行を追っかけて
日々、佐藤康行の言っていることをともに皆様にブログを通してお伝えしてきました。

ともに追っかけ続けていると、時には週の半分以上も一緒にいることになり
家族より長時間をともに過ごすこともありました。

そして、佐藤康行の前では丸裸にならざるを得ないセミナーという状況の中で
彼女の日々の悩みや、喜び、そして一歩一歩の歩み
佐藤康行との縁を、目の前で見せてもらってきました。

そんな彼女が、今、新しい事業を広げる仕事を始めました。
そして、彼女には次なる舞台の幕開けが始まったようなのです。

先日、彼女は佐藤康行に質問をしました。
「今やっている、魂の仕事は人生のおいて重要な仕事です。
でも、佐藤康行を追っかけて、東京まで行ったり来たりの時間を考えると
集中して仕事をする時間が取れないのです。
どちらを優先したらいいのでしょうか」

佐藤康行は、こう答えました
「ここへ来ているから、何々が出来ないという物理的なものでない」
「時間的なもの、物理的なもの。
真我はそんなものは超える」
『魂の追っかけ』をしたらいいのです」

そういわれ、彼女はわかったようなわからないような・・・・
頭の回りをクエスチョンマークがいくつか飛んでいたのを、私は見たのです。

その翌日、たまたま佐藤康行に質問できる機会がありました。
早速その話を質問してみました。

「佐藤学長は、魂の縁は物理的距離ではないといわれます。」
「魂の追っかけとは、どんなことなのですか?」

これについて、佐藤康行は明確に答えてくれたのです。

「ここへ来ているから、何々が出来ないという物理的なものでない」
「時間的なもの、物理的なもの。
真我はそんなものは超える

では、魂をおっかけるとはどういうことなのか?
吉田さんを例にしてお話してみたいと思います。

吉田さんは、夫がゲイだと知ってお嫁に行きました。
なぜ、そうしたのか?
実は神の脚本通りの動きだったわけです。
本人は無意識だったかも知れませんが、神の脚本通りに動いていたわけです。

その神の脚本には、第1幕、第2幕と
人間心では思いもかけない展開があるとします。

しかしながら、「ゲイに花嫁に行った」吉田さんのテーマは決まっているわけです。
全く違ったステージに行こうが、神の脚本通り演じるテーマは決まっているのです。

そのテーマを演じ続け、神の脚本通り演じ続ける。
その演劇を感動的にそして素晴らしい演劇にする。
そのこと「魂の追っかけ」という表現を佐藤康行はしたのではないでしょうか。

その脚本からズレないこと
自分で勝手にストーリーを変えないこと
勝手に異なる脚本と混ぜないこと

その脚本を読み解ける演出家が佐藤康行であり
その演出家のもとで、素晴らしい演劇を見せる。

その演出家が指し示す「脚本」に焦点をあわせる
そのことが「魂のおっかけ」だと
そのように、私は受け止めたのです。



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