「真我で突き抜ける」
突き抜けたらどのような心境になるのだろうか、、、、、。
佐藤康行の言葉から拾ってみたいと思います。
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私はずうっと最初から天涯孤独だった。
でも、思いっきりやったら孤独じゃなくなる。
自分がやっていることを「分かってもらおう」なんて思うと孤独なの。
真我を極めていくと勝手に変わる。
世界を変えようとか、そういう欲を持ってるうちは駄目なの。
世界は変えれない。
完全に無欲になった時に世界を変えれる。
無欲ってのは人間の欲じゃなくて、神に沿った時に地球なんて簡単なの。
難しいも簡単もないし、量も関係ないわけ。
私は何を大事にしているのか。
自分の命でも無いんだ。
真我を大事にしてる。
死ぬのは怖いとかっていうんじゃなかった。
私の本当の仕事ができないことが悲しいことなのだ。
お金は循環するんだから。
いくら稼いでもいいわけ。
儲けてもいいんだけど、それを今度は何に生かすかということ。
そこが大事なことなんだ。
神をやっていった時に、人間の欲なんか取るに足らないというか、存在してないぐらいだから。
ここを極めていけばいいわけ。
欲がないとかあるとか
欲をなくすというのも欲なのよ。
そうすると、そこから抜けられなくなるわけ。
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わかってもわからなくても、佐藤康行の魂に響くことば。
佐藤康行の言葉は、エネルギーそのもので、深く魂に響きます。
この言葉を読んでいると、真我が開き、なぜか涙が出ます。
本当に佐藤康行という出会えるはずも無い人に、肉体を持って出会えたことに、我が身の有難さを今朝も実感しています。
これを「僥倖」ちうのだろう。