最近はあまり聞きませんが、以前は「真我」を追求することや、心のことをやるのは、「宗教のようだ」という誤解を受けることがありました。

「宗教だ」と忌み嫌い敬遠する人のほとんどは、「宗教」を巷の怪しい新興宗教を指しているのであって、決して昔からある神社やお寺、またキリスト教などのことを指しているのではないようです。

なぜなら、そういう人も、クリスマスを祝い、お正月には初詣に神社に出会かけ、海外に観光へ行けば、お寺参りなども、何の抵抗もなくされているからです。

 

そういう怪しい新興宗教が忌み嫌われるのは、その教団の教祖の言動です。
教祖の言動が、怪しいからです。

そういう教祖の「教え」と、佐藤先生がおっしゃることは真逆です。
そこについては、そのことがはっきりわかるために、編み出されたもの。
それが「三層構造」です。

そのことを根底に、今日のお話をお聞きいただけたら幸いです。

 

ある時、佐藤康行先生に神とい存在、そして宗教についての質問がありました。
今日は、その時に答えられた、佐藤先生の言葉の一部を抜粋してお送りしたいと思います。

 

私が言う宗教とは、今までいっていた宗教と、捉え方が違う。
たぶん、これからそれを明らかにしていくでしょう。

神を崇めるとか、神をこういうものだと想像するのは、私達が脳で考えた部分です。
これが神だとか、神をわかるとかわからないとか、そういうものではない。

私達の存在も全部神の顕れなのです

 

日本での「八百万の神」というのは、この世には、いろんな神様がいるという捉え方です。
それは人間が、そのものの存在をそういうものだと認めた部分でやってるだけであって

真実は、全てが一つの神。

大宇宙にあるすべてのすべてが神そのものだから神以外のものはない。

何々の神とか、そういうふうに分離するものではない。

分離するのは私達のこの五感で捉えている分で、分離して見えるからなのです。

 

いずれ、この「宗教」の問題も、佐藤先生が明らかにされる日が来ると思っています。
世界の戦争も、宗教が元です。

そうした宗教による戦争が、この世からなくなる時代。

その日も、もう間近に来ているように感じています。

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