不思議な過去の体験話 ③ ~富士フイルムと研究員~

昨日は、富士フイルムに関わるまでの話(←クリック)でした。
今日は、どのように化粧品が売れていったのか、そのあたりの話をしたいと思います。

 

プロジェクトに関わり、まずは足柄にある富士フイルムの「先進研究所」へ、研究員の方の原料開発を見に行きました。
驚くほどの規模の研究所でした。

田舎の何もない所に、都会ひとつを持ち込んだような規模と、内容でした。

自由に発想し、自由に働く。
自分の仕事の部署を超え、時間にも縛られず、あらゆる発想を自由に語り合える場所が、あちこちにありました。

カフェあり、図書館あり、リラックスできる中庭ありでした。
これには、当時の私は、こんな働き方もあるのだと、驚きました。

 

また、外に向けては、思い切ったCMを作られtました。
当時、CMには一度も出たことのない、中島みゆきを起用し、中島みゆきと松田聖子という二大女性を使ってのCMが大々的に流れました。

一流のクリエーターを使い、いかに富士フイルムが本気で化粧品分野に乗り込んでいったのか、業界にも世間にも示す、その意気込みは大変なものでした。

研究員も恵比寿のスタジオで、電通さんと一緒に、モデルを使っての撮影に立ち会いました。
プロのモデルさん、プロのカメラマン、プロのクリエイターとの仕事はとても刺激的でした。

あらゆることが、決定から遂行までのスピードが早く、あっと言う間にいろいろなことが進んでいきました。

 

また、通販で販売されるという事で、新しく開設された電話オペションセンターにも行き、そこで、コールセンターでのトークやトラブル・クレーム対応の
徹底的な研修を行い、あっと言う間に素人のパートの皆さんは、プロになっていかれました。

 

また、全国の富士フイルムの工場にも行きました。
工場では、社員を集め、自社化粧品の特徴や効果などのセミナーを、女性社員をモデルに何度も何度も行いました。

それまで、富士フイルムという会社は、基本的には男性中心の会社でした。
女性には、あまり活躍の場はありませんでした。

男性たちは、スキンケアの基本中の基本「ローションって何ですか?」と聞くくらい、化粧品のことは全く無縁のものだったのです。

 

確かに、当初はフイルム技術にプライドを持っている皆さんは「化粧品?そんなのやりたくはない。」「会社はいったい何を考えてるんだ」という雰囲気でしたが、3年ほどプロジェクトでお世話になっている間に、あっと言う間に意識改革が進みました。

会社のカラーも色もアッと間に、ガラッと変わっていきました。

女性中心に、社内でもたくさんの女性社員が自社化粧品を使い、自社商品の良さに目覚めていかれました。

あれだけの規模の会社ともなると、全国にとてつもない数の女性社員がいます。
その方が使うだけで、何十億の売り上げになります。

 

社内と社外。
富士フイルムの化粧品は、世間にどんどん認知され、売り上げはぐんぐん伸びていきました。

さて、ここまで過去、私が経験した、富士フイルムの話をしましたが、これと佐藤康行先生。
どこがどう関係があるのか・・・・?

明日は、研究員が捉えた佐藤先生というテーマで、佐藤先生の過去も未来も超えた、佐藤先生しかできないとと思えること。
今、研究員が捉えたことを、独善的ではありますが、そんな話をしたいと思っています。

 

ご興味がる方は、明日もぜひ、ブログに覗きに来てください。





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