ずっと、心の中に残っている言葉があります。

それは、佐藤先生の
「佐藤康行がいなくなったら、佐藤康行が生きる(活きる)」と言われた言葉です。

 

確かに、イエスは亡くなってから、世界中に広がりました。
また、ゴッホも亡くなってから、生前には評価されなかった絵が、今や何億にもなっています。

しかし、佐藤先生のおっしゃることの意味は、表面的にはそういった意味もあるのかも知れませんが、そういう表面的な意味だけではないように感じます。
もっと深い部分にあるように感じます。

その時、佐藤先生はその時、こうも言われました。
「私は、永遠の生命を確信しているから、そのようになる」

神である佐藤康行
神である自分
神である全て

まだまだ、わからない事だらけです。

 

佐藤先生は、私たちという生身の人間を研究して「これでもか、これでもか」と事実実証として証明し続けられていますが、
では、反対に、自分は、どこまで佐藤康行を研究できているのか。

人間として研究しているのか?
神として研究しているのか?

 

ここ最近、ますます、到底人間とは思えない佐藤先生に、初めて会った時の衝撃より、さらにさらに衝撃を感じている毎日です。

 

佐藤康行を研究する。
出来ようができまいが、そう思って佐藤先生を観ている。
これほど、人生にとっての楽しみはありません。

「あなたの趣味は?」と聞かれたたら、迷わず答えます。
「私の趣味は、佐藤先生です」





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