※この内容は、研究所が立ち上がる前の研究員個人ブログのアーカイブです

「天の蔵に徳を積む」という、禅の言葉があります。

先日、佐藤康行にある質問をしたら、佐藤はふとしたように、こう言いました。
「私は、今までに、ずいぶん天の蔵に徳を積ん出来たから、そろそろそれがザーと黄金の雨になって降ってきているのでしょう」

どのような質問か?
それは、ここ最近の佐藤康行の講演会やセミナーの人の集まり方が、尋常では無いので、そのことについて質問したことについて、そう答えてくれたのでした。

そうなんです。
このところ、佐藤康行のセミナーや講演会の集まり方が、尋常ではないのです。
さすがに、一年もおっ掛けをしているとそれに気づきます。

ワァ――ッ!という感じで、人が集まるのです。
予定定員いっぱいの人が集まって来るのです。

それは、まるで黄金の雨が降り注いでいる所に、どの大きさの器を出そうが、どしゃ降り状態になっている黄金の雨はすぐに器一杯になるのと同じような様子なのです。

集まり方が今までとは明らかに違うように感じるのです。
佐藤康行の講座の案内があると、あっという間に人が集まります。

何かをやったから集まるという感じではありません。
佐藤康行のいう「100発100中の世界」
何をやってもうまくいく・・・・、その実証のような世界です。

佐藤は天の蔵の話しのあと、続けてこう言いました。
「私は、ホームレスになっても全く怖くないのです」
「何故なら、私がホームレスになったとしても、協力してくれる人は一杯いると思うのです」

聞いていた一人が
「もし、学長がホームレスになったら、家に是非泊ってください」
そして、「私も・・・。」
「私の家にも・・・・。」
その時、いた全員がそうなりました。

みんな、佐藤康行に協力したい人ばかりでした。
ここにいる人ばかりではありません。
少しでも、佐藤康行に協力できるなら、こんな嬉しいことはないと思っている人は、日本中に、いや世界にも一杯いることでしょう。

そうなのです。
佐藤康行がホームレスであろうが、心の学校の代表者であろうが、実は関係ないのです。
佐藤康行は佐藤康行。

今までの、佐藤康行の全ての生き方。
佐藤康行全てが、佐藤康行なのです。

佐藤の人生そのものが「天の蔵に徳を積む」人生。
まさに多くの陰徳を積んでいると思えます。

佐藤康行に出会わなければ、すでにいのちがなかった人も多くいるでしょう。
佐藤康行に出会わなければ、そのまま病でいのちを失った方も多くいたでしょう。
佐藤康行に出会わなければ、誕生しなかったいのちも一杯あるでしょう。

その出来事に感謝した人も、気がつかなった人も、忘れたかに思える人もいるでしょう。
本人が気づく前に、未来が予変してしまっていて、気付かない方も多くいるでしょう。

その数たるや、想像もつかないほどです。

それが黄金の雨として降って来る!
それこそ、楽しみです。

ここ最近の佐藤康行のセミナーや講演会の集まり方は、その予兆だと思えます。



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今日は、ふと思いつき、佐藤康行に質問をする方法というテーマで書いてい見たいと思います。
佐藤康行のセミナーの特徴は、質問のコーナーの時間がたくさんある事です。

始めて佐藤康行の質疑応答を聞いた時、本当に驚きました。
何故なら、全く想像だにしない答えが、思いがけない角度から次から次へと出てきたからです。

人間同士が会話をしているつもりが、まるで天から答えが降って来るように、全く違う所から答えが来る。
そんな感覚がしたのです。

その答えの発想に、当時は驚いて衝撃を受けたり、質問されたことと全く違く角度からの答えで、噛み合っていないと思ったこともありました。
その方便自在ともいうべき、佐藤の質疑応答に、すっかりはまってしまったのでした。

佐藤に質問をし「分かりました」と座られる方に、驚いたこともありました。
「あれっ?私、わかっていない・・・・。凄いな・・・。わかるんだ」と、感心をしたこともありました。

私は、どちらかというとわかるまで聞きたい「何でも知りたがり屋」の性格なため、しつこく何度も聞く事があるのです。
「もう少し、聞いてもいいですか?」
そうしつこく聞いても、佐藤は嫌な顔一つせず、わかるまで丁寧に答えてくれます。

少し前置きが長くなりました。
何を今日はお話したいと思っているか?

質問の「出発点」とでもいうべきもの。
そのことについて、お話してみたいと思っています。

最近、佐藤は「皆さんが、わかってもわからなくても話します。」
そう言いながら、今だかつて聞いた事もない、壮大な話をします。
そして、「何か質問を・・・・」と、そう切り出します。

そこについて、何度も質問をさせてもらいました。
時には、追っかけをして、道を歩きながら質問した事もあります。
時には、ほんの少しの合間の時間に、質問しに行ったこともあります。

そして、今、私はこう思っているのです。
「出発点が違う・・・・。
質問の出発点が違っているから、佐藤学長の答は、いつも同じ部分を何度も言われるのだ。

結局、私がわかっていないから、同じことをいい方を変えただけの質問になってしまっている・・・・。
そもそも、自分の受け止め方の位置が違っているのだ」

私は人間から見たものを質問する。
佐藤康行は真我(神)から観たものを答える。

それを人間心で聞いて、更に人間から見て質問をする。
佐藤康行は、1mmも全くブレることなく、真我(神)から答える。
この繰り返しなのです。

多分、出発点を変え、真我(神)から質問をする事が出来たなら、もっともっと、佐藤康行から凄い話が聞けるだろうに・・・!
そう思うと、それが出来ない自分に、悔しくて悔しくて仕方がありません。

「佐藤康行に質問する方法」の研究は、いかに出発点を変えるか?
いま、そこに絞られていきます。



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「指一本触れなくても、人間は心が死んだら死ぬ事が出来る」
そう言った、佐藤康行の心境がいかなるものであったか?

この言葉を始めて聞いた時、私は、いったい「指一本触れなくて、死ねる」という状況とは、どんな状況で何だろうかと、衝撃を覚えてた事を思い出します。

私も人生の過程で、「死にたい」と思ったこともありましたが、ここまでの深い苦しみがあるということは、知りませんでした。
だから、どんな心境であるのか、想像がつきませんでした。

佐藤康行は「心の臨死体験」といいます。
「私は本当に危なかったのです」とも言います。

自分の顔を、自分の手で引っ掻き、血まみれになったこともあると聞きます。
人生の壁に40K位のスピードでぶっつかるのと、100キロのスピードでぶっつかるのとでは、その衝撃の度合いが違うと聞いたこともあります。

しかし、どれだけ話を聞いても、佐藤の苦しみの深さは、私には想像がつくものではありません。

当時、経営者の立場で、すでに真我開発講座をスタートしていたと聞きました。
また、全国に講演会に年間100回くらい呼ばれ、出かけていたと聞きました。

明らかに、自分の使命に気づいていた訳です。
自分はどう生きなければならないかは、判っていたのに、現実はそう生きられない事情があったのです。

佐藤を慕って仕事をしている社員。
その社員には家庭があり、生活がある。

また、家を担保に莫大な借金をして、佐藤と人生を共にしようとている人もいる。
店をつくり、店舗展開をする苦労を共にしてきた社員や仲間もいる。

裏切ることは出来ない。
その人達を裏切れない。
しかし、自分に示されている道は、全てを捨てて、この目に見えない「真我」という世界で生き切るしかない。

その苦しみはいかほどであったかと思うのです。

私が仕事を整理し、真我に踏み出す時でさえ、私なりに、苦しんで悩んだ末の決断だったのですが、佐藤の場合は、それとは比べ物にならないほどの苦しみであった事と想像します。

そして、その苦しみの中、ついにその時は訪れます。
佐藤は光の中に、ポーンと自分が上がった経験をします。
それから、佐藤は、この世の真実のあらゆるものが観えるようになるのです。

そして、経営していた会社を譲り、全てを捨ててこの道一本に生きていくことになったのです。
この道に入った時に、その「指一本も触れなくても死ねる」という心の臨死体験は、その後、佐藤の元にくる多くの人の役に立った経験となったに違いありません。
そして、その一点を貫く佐藤には、全ての経験が必要であったことだと思うのです。

私はその佐藤の決断に、佐藤のその苦しみに感謝せずにはいられません。

その事があったからこそ、今の自分がいるという事。
佐藤のこの経験によって、私達は救われているという事。

その事を思うと、感謝せずにはいられません。

その時から、佐藤の新しい人生が生まれるのです。
それを、佐藤は生まれ変わり(今世)と言っています。

そして、その時の佐藤の経験により、佐藤に救われた人はすでに15万人になろうとしています。



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佐藤康行は、セールスマンとしては、多分、今だ誰も到達しない境地にまで到達しました。
その結果、売れて売れて仕方がないところにまでいったのです。

そればかりか、その方法を伝授することで、全く売れないセールスマンに「やる気」と「販売できるまでの実践的な方法」を授けることが出来たのです。
それは、佐藤康行が見いだした方法を使えば、誰でもトップセールスマンになれるということの証明でした。

「営業とは、自分の心を開拓する事」
「営業とは全てが見込み客から出発する」
これらの、佐藤の言葉に代表されるように、従来の営業の考えとは全く違ったものの見方、やり方を、自身の営業成績で実証したのでした。

そして、いよいよ念願の自分の店を持つに到ります。

北海道から、体一つで集団就職で出てきた少年が、東京のど真ん中に自分の店を持った。
すでにその事だけでも、凄い事だと思うのです。

佐藤は時折、自身の話をするときに「私には一番合わなかった仕事」と、この時代の事を表現する事があります。
「何故、自分に合わない事をやったのですか?」という質問には「しかし、合わない仕事でも70店舗までにしたのですよ。凄いでしょ?」などと言う事を言いますが、本当にこれは凄いことだと私は思うのです。

佐藤は受講生から、よく「私の今の仕事は本当に私の使命なのでしょうか?」という質問を受ける事があります。
すると佐藤は「迷ったら近づけ」と言います。

自分の使命、天命かどうか分からなければ、ある期間を決めて、徹底的にやってみたらわかるというのです。
それは、この自身の経験から出た言葉ではないのかと、私は推測するのです。

営業の時代と経営の時代。
佐藤康行にとっては、どこまでも走れた時代と、摩擦を起こしながら進んだ時代。
この両方が、佐藤康行にとって大きな役割をしたように思えます。

強い鋼を作るには、熱く真っ赤に焼いて、冷たい水で一瞬に冷やすように・・・。
この摩擦の苦しみの中から、佐藤康行は次の時代へと大きく生まれ変わったのです。

外から見たら、佐藤は経営者として成功の中にあったとしか見えなかった事と思います。

佐藤自身も勿論そのように思った時もあったと思います。
店舗が増え、どんどんと拡大する事業の中で、ある意味、楽しさも幸せも十分味わった事と思います。

しかし、その、この世の幸せと、深い部分で望んでいる自身の天命とも言うべきものとのズレが生じた場合。
それを感じながらも、事業を拡大したがゆえに、後戻りできない状況の場合。

佐藤康行はその苦しみを死ぬほどの思いで味わうことになるのです。
そして、佐藤康行が佐藤康行として生まれ変わる時がやって来るのです。



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「神を出発点とする」

何故なら、私たちの本質は神そのものであり、真我そのものだからです。
即ち、「神を出発点とする」という事は、本当の自分のまま生きるということなのです。

昨日の「真我真理研究会」は、佐藤康行がその一点からあらゆる質問に対して、自由自在に答えていました。
しかし、それはただ一点から一つの事を言っているのでした。

お金について。
異性について。
真理について。

一見、いろいろな事を話していたかに見えますが、佐藤康行の話す事はただ一つ
神を出発点とし、神の意志を人間の脳で考えた事より優先させるという、この一つにつきました。

この一点から見た時、あらゆる質問に対して、いかようにもアイデアが出て来るものだという事を、昨日の真我真理研究会の佐藤康行の柔軟さとその質問に対して答えている内容の深さ、そして、定位置から一切動かないという、その姿に、私は大きな感銘と気づきを貰ったのでした。

昨日は「お金」に対しての話が多かったかと思います。
「お金」は人間とって、恐怖心をもたらすものです。

「お金」に対する恐怖心から逃れようと、多くの人が自殺します。
佐藤はい言います。
「お金が無くて死ぬのではなく、今の生活を保つ事ができない、今の生活を守ろうとするから苦しくなるのです」
「お金が無い事と、死ぬ事は本来関係ないはず」

冷静に考えてみたら、本当にその通りなのです。

「たとえ収入が減ったとしても、その中で生活する決意。」
「最悪を受け入れる。
たとえ、段ボールの中からでも、生きていこうこうとする決意」

その決意をするだけでも、心は楽になるのです。
そして、その決意をしてみるだけでも、死のうとまでの恐怖心に振り回される事は無くなるのです。

佐藤康行は常に言います。
「どんな状況でも、今、この瞬間から幸せになれる。
こういう状況にならなければ、幸せになれないと考えているとしたら、ずっと、それまで不幸だと言っているのと同じなのです」

「もし、私が自分の身体が治ったら幸せだと考えたら、一生幸せにはなれません。
でも、私はこの身体で幸せなのです。
そして、健康な体の皆さんをこんなにも励ますこともできるのです」

本当にその通りなのです。
そして、そのように私たちにも出来るという事を言ってくれているのです。

極めてまとも。
極めてその通りなのです。

そもそも、私たちはそのように生きられるのです。
なのに、何かが阻害しているとしたら、その阻害しているものを捨て、本来の姿で生きていくことで、幸せそのものになれるという事なのです。

改めて、このシンプルな事に気づかされた、昨日の真我真理研究会でした。



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佐藤康行の初めての「自伝」が、日本でも最大手の出版会社から来年出版される予定です。
昨夜は、その前段階として、「佐藤康行自伝講演会」が開催されました。

会場一杯の人。
そして、会場には参加できない、海外、地方の人も、ウェビナーで配信される講座に同時に参加して下さっていました。
それほど、佐藤康行の自伝を待ち望んでいる人がいるわけです。

しかし、考えてみたら、佐藤康行ほどあらゆる経験をして生きてきた人の自伝が無い事自体、ある意味不思議なことです。
佐藤自身も80冊を超える書籍を出版しながら、しかし、自身の自伝は一冊もありません。
これも不思議な事です。

何故、佐藤は今まで自伝を出さなかったのか?
私なりに、佐藤の言葉の端々から推測してみようと思っています。
そして、佐藤康行の真意に迫ってみたいと思っています。

佐藤は昨夜もこのような内容の事を言っていました。
「私は自伝を話しているようで、精神性の話を話しています。」

「私は自分の成功を語っている訳ではないのです。
私も失敗だらけの人生です。でも、この失敗も財産ですよと言っているのです。」

「人は人の失敗を聞いて、勇気が出て来る人もあります。
また、人の成功を聞いて、夢を持つ人もあります。
どちらの人もいるのです」

「ですから、私は、失敗した事も、上手くいったことも、両方とも隠すことなく話しているのです」

佐藤康行が自身の体験を語る場合、それはその体験が人の役に立つ時です。
それは、決して自慢話や、何かの教訓めいた事を言いたい訳はありません。

ただ、ひたすら「どうですか?この体験はあなたの役に立ちませんか?
この事実を聞いて、どうですか?あなたも、素晴らしいあなたを発見してみませんか?
そして、どこまでも幸せになりませんか?」
そう言っているにすぎないのです。

佐藤康行は、自伝を出す事で、自身の人生が自慢話になる事を極力避けていたのです。
何故なら、佐藤康行の人生は、私たちに生きていく事の勇気を希望を与えることそのものの人生を、自らが実証してきたに他ならないからです。

北海道の極寒の中で、貧乏だった幼少期。
そして、14歳で最愛の母を亡くし、15歳で単身で集団就職。そして、皿洗いから体一つで日本で有名な実業家となるまでの道のり。
ある意味「血のにじみ出るような・・・」と言ってもおかしくない数々の体験。

しかし、その全てを、私たちの人生に役立てようと、軽やかに語るその姿に、佐藤康行らしさを深く感じています。
そして、その話を聞いて、自分の人生を生まれ変わらせようとする我々がいてこそ、佐藤康行の人生に関わられた全てのキャストが報われるのではないでしょか。

昨夜は、佐藤康行の人生に、あらゆる角度から関わってくださった多くの皆さまに心から感謝をせずにはいられませんでした。
そして、こうして包み隠さず話してくれる佐藤康行に、深く感謝せずにはいられません。



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「男と女」という神の仕組みの深遠さ。
この深さでないと見えてこないもの、そして、体験出来ないものがあります。

まさに二日目は会場全体が奇跡でした。
今だかつてないほどの深さまで到達し、全員が奇跡の体験をしました。

会場全体が、愛と感謝の涙であふれ、お互いが抱き合い喜びあい、感謝し合う姿になりました。
人間はこれほど感謝でき、これほどの愛に溢れ、そしてこれほど会場全体が一つになる事が出来る。
その体験を深く感じる事が出来ました。

その奇跡の体験を発表される皆さんの表情は、全く別人の表情になっています。
それぞれがそれぞれの悩みを持って集まられていますが、その悩みは一瞬で解決してしまっているようです。
それほど、晴々とした表情の皆さまでした。

男と女・・・。
神は「永遠」という無限の生命の存続を、男と女が愛し合いひとつに溶け合う事で、新しい生命が誕生するという仕組みを創られました。
これは、人間がこの地球上に誕生する前から存在した神の仕組み、宇宙の仕組みです。

この神の仕組み。宇宙の仕組みを知りたければ、男は男となり、女は女となる。
その定位置に戻り、ただ愛し合い喜びあう事で、宇宙の仕組みを、神の喜びを知る事が出来る。

佐藤康行は、違うからひとつになれる、違うものが調和をする事の喜びを、静かにこう語りました。

男と女・・・。
この身体の表現の違う二つのもの。

違うから仲良くなれる。
違うから発見がある。
違うから魅力を感じる。
違うから気づきがある。
違うから尊敬できる。

違うから自分が出来ない事をカバーしてくれる。
違いがお互いを活かす。

相手の欠点が自分にとって、必要な可能性がある。

佐藤康行がやっている事を、この紙面では表現する事の限界を感じながら、そこで起こる奇跡の数々を見ていると、その事実にいつも驚愕するのです。
自分に起こる奇跡にも
目の前の皆さんに起こる奇跡にも・・・・。

私は、今回のこの深さのワークの中、今までにない体験をしました。
それは、はっきりと「わかった」という体感でした。

「佐藤康行が誕生したその瞬間から、すでに人類は救われていたという事。
ただそれを、後追いのように体験していけばいいという事。

すでに勝負は決まっているという事。
地球は素晴らしい所まで上がっていくという事。

それが佐藤康行の誕生により、すでに全てが行われているという事
生きとし生ける全てのものが、愛と喜びの中にすでに存在できるという事。」

この深い気づきは、私にとってこれから生きていく上での大きな宝となります。

今日はまさに「佐藤康行自伝講演会」が八重洲研修会場にて行われます。
佐藤の誕生。
そして、人生・・・。
それが、佐藤自身の口から、あますことなく語られることでしょう。



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夢から覚めた・・・!
まさに、この一言に尽きました。

男と女の真理コース、第一日目は、佐藤康行から出た究極のワークで、まさに目が覚めたというそんな感覚でした。
今だかつて世の中では聞いたことも見たこともない、新しいワークを体験しました。

このワークを通して、佐藤康行がいう「男と女」とは、世の中で行われている、この手の類のものとは、全く違っている。
違うどころか、ある意味ま逆だという事の、その壮大さを、目が覚めるような思いで実感する事が出来た一日でした。

まさに、私にとっては「あぁーーー!ここまで、凄いのか・・・!」と、自身の体感を通して、これでもかというほどの実感させられました。

昨日のブログ記事が、飛んでしまった事故の理由も良くわかりました。
「あなたが書いている、そんなもんじゃないよ」そう予告されたようなものでした。

大宇宙から見る人間。
大宇宙そのものを似せているという男と女。

この究極を明確に語れるのは、世界の中でも佐藤康行しかいないと、私は確信をしています。
何故なら、テレビでも本でも宗教でも、いかなるものも、佐藤の語る「男と女」その一遍も、語られることも聞くことも、今だかつてなかったからです。

しいて言えば、聖書に「神は神を似せて人間を創られた」とありますが、しかし、それとはやはり比べようも無いほどの、深遠な根源の体感なのです。

それほど、人間がこの地球上で生きていく上での根源の物語。
佐藤康行の語る「男と女」というものは、生きとし生ける全てのものの「いのち」そのものの話だったのです。

それほど、根源的なことゆえ、男と女の悩みは深く果てしないところもあるのでしょう。
昨日も、男と女の悩みを抱えた男女。
そして、男と女が出会い、さらに二人で究極の愛を深めていこうとする夫婦。
また、男と女に関してのトラウマを持ち、宇宙の法則に乗り切れない男女・・・・などなどが、多く集まりました。

いまや、佐藤康行の講座は、真我を追求する多くの人が集まります。
今回も講座の開催間際になり、急に多くの申し込みがあり、急遽、席を広げてご準備頂いた主催者のメンタルパワーズさんも驚かれるほどの出来事だったようです。

満席の中での「男と女の真理コース」
一日目で、すでにかなりのところまで行けた感があります。

本日は二日目・・・・。
今の佐藤康行のスピードですと、二日間はかなりのところまでいけます。

今日はどこまで・・・・・!
今からわくわくしています。



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佐藤康行が倒れて、10年がたちます。

10年前までは、佐藤康行以外、真我開発講座の講師はいませんでした。
当時は、佐藤康行以外が真我を開発できるとは、考えてもいませんでした。

佐藤が倒れ、佐藤が病院のベッドの中で全く動く事が出来ない。
しかし、すでに予定している講座が数日後には迫っていた。
佐藤康行以外の誰かがやるしかない・・・・・・。

そして、佐藤以外の数名がやることになったのです。
病院のベットの中で、初めて自分以外の人が真我開発講座の講師をやるにあたり、佐藤が何度も繰り返し言った事は何だったのでしょう?

当然、当時、佐藤の講座を継承される側も、予想外のことで、何をどうしていいのか分からず、さぞかし不安だった事だろうことは想像できます。
その人に佐藤が何時間もかけて、繰り返し繰り返し「この事だけは守って欲しい」と言った事があったのです。

それは、「自分がやっていると思うな」
その一言に尽きました。

それは、佐藤康行がひとり、ずっと守り続けてきた事だったからです。
それだけは、絶対、守り続けてきた一番大切なことだったからです。

真我開発講座の講師をやっていると、目の前で奇跡のようなことが次々と起こります。
「佐藤先生、先生のおかげです」そう手を合わせる人も、過去に多くいました。

しかし、佐藤は一度としてそれを自分の力と思った事はありませんでした。
「自分に凄い力があるのではないか?」
そう思いたい、人間心の誘惑には絶対負けませんでした。

そうやり続けてきた佐藤だからこそ、一番の人間の魔境ともいうべき誘惑がいかほどのものなのか、痛いほど知っているのです。
だから、講師を継承する時、何度も何度も繰り返し言ったのです。

自分がやるのではない
自分はやらされているだけ

10年前に数名に継承された講師も、今や全国に、そして世界に。
世界中で多くの人が真我開発講座やサンタ営業の講師として活躍しています。

また、これからは真我医療療法士としても活躍も期待されています。
世界中に佐藤康行の分身ともいうべき人がますます増えていくに違いありません。

絶対、誰にもやらせなかった佐藤康行が、今や惜しみなく手の内を全て継承してくれます。
佐藤は決して自分ひとりのものにはしません。

だからこそ、佐藤が守り続けてきた事を、守り続けなければならないのです。
大切な事はそこであると、そう思うのです。



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