※この内容は、研究所が立ち上がる前の研究員個人ブログのアーカイブです

「佐藤康行の師匠」というタイトルをつけてみたのですが、結論は「佐藤康行には師匠がいなかった」という話であります。

テープを聞いていると、参考になる人はいたけれど、そもそも師匠がいないということはかなり若いころから自覚していた様子なのです。

ゆえに、幼少時からの佐藤の人生は、自分自身を「自己開発」するしか道はなかったんだろうとしか思えないような、あらゆる出来事が起きていたわけです。

佐藤の言葉を借りれば「昨日の自分より今日の自分が一歩向上しないと気が済まなかった」という人生だったのです。

レストランから営業の仕事に転職した時、当初2日か3日は、一軒も飛び込み営業が出来ず、先輩に営業に向かないからやめてしまえと、言われた時の佐藤の気持ちは、

いつもグズグズで出来ない自分に嫌気がさして、自分を変える決意で営業を始めたのに、出来ない自分が悔しい!
自分に絶対いいわけせず、やるしかない
と思ったそうです。

言ったら絶対やる!の佐藤の性格は、人に対してというより、自分に対して言ったことは必ずやる人だったのです。

そういう意味で、師匠は自分自身だったと言えます。

佐藤は営業マン時代、いつもいつも考え事をしている、どっかの世界にいるような、常に瞑想状態のようだったと言っています。
ある意味、「精神世界をやっていた」ともいっています。

その当時の佐藤の目指していたものは「自分を縛りから克服したい」「心を自由自在にしたい」 だったようで、まさに宝石を販売しながら、やっていたことは精神世界そのものだったわけです。

佐藤は毎朝1時間くらいは、じっくり瞑想のように心を見つめていたようです。
するとメラメラ燃える瞬間があり、その時に営業に飛び出して、メラメラ燃えながら営業をやっていたようです。

この当時の佐藤の考えていたことは、「どうしたら人の心が動くのか?」「どうしたら自分の心を奮い立たせられるのか?」ということだったと、テープの中では語っています。

師匠がいない世界というのは、どれほどの大変な世界なのか・・・・・。

私には想像ができませんが、ただ、私の中で、以前、宗教を辞めた時、師匠と思っていた人を心から失った時の空虚感、また、真我に出会うまで、師匠はいないのではないかと思って過ごした孤独な気持ちを思い出してみると、師匠やメンターと思える人に出会えた自分自身の幸せと感謝を思う日々です。



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テープを聞いていると、佐藤康行というひとはずーと同じことをひたすらやり続けている人だということがよくわかります。

何百人というひとに話している講演会の時も、たった一人を相手にしている時も、全く同じエネルギーで話しています。

また、お金を貰っているからとか、貰っていないからとかも関係なく、20年以上ずっと同じ姿勢でやり続けています。

私にしてみたら、20年以上の長きに渡り、時には体調の善し悪し、気分の善し悪しなどもあっても当たり前と思えるのに、全くどのテープを聞いても変わらない佐藤康行の音声には本当に凄いなぁと思っているわけです。

そう思った時、テープの中の話を一コマを思いだします。

それは、佐藤康行が定時制高校に通っている時代の話です。

佐藤は食堂から野菜の卸の部門へ出向していた時代の話です。
そこには、とことん厳しくてケチなトップがいたわけです。

しばらくして、佐藤は仕事をしながらその人の身の回りの世話をする役割になりました。
いわゆる一番近くで仕事をやっていたわけです。

ある時、その人から「大学に行かないか。お金を出してやる」と言われたそうです。
ものすごくケチで厳しい人なので、よほどのことがない限り、人にお金を出すなんて言わない人です。

「あんたは裏も表もない、ごまかしのない男だから・・・。」

佐藤にとって忘れられない一言になったようです。

やはり、佐藤康行という人は、ずーと昔からもともと「ごまかしのない男」であったんだということがよくよく分かったエピソードでした。
それも、自分自身に対して、絶対ごまかさないやり通す男だということが凄いと思うのです。

驚くのは、テープの中でむかし佐藤が「やる」と言っていたことが、今、形になっていることです。

やっぱり佐藤は「やると言ったら絶対やる人」であり、「ごまかしのない人」なのです。



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昨日、とある会議の席で、出席者全員に佐藤康行がこう質問をしました。

「みなさんは、ご自分の力を100としたら、今、どのくらいの力が出せていますか?」

出席者全員が「・・・・・・・・。」

ぽつりぽつりと「10位・・・」とか、「1・・・」だとか「20・・・」だとか・・・・・。

ちなみに私は「30です」と答えましたが、目一杯で30だったのです。

これをお読みいただいている皆さんは、おいくつですか?

佐藤は「私も実は皆さんと同じくらいの数しか出せていないんですよ。まだ、100出し切ったという感じがしないんですよ。だから、いつも欲求不満なんですよ

私は心の中で「じぇ、じぇ、じぇ!」と叫びました

確かに何度も佐藤が「私はまだまだ力を出し切っていない。」と言っている言葉を何度も耳にしていたのだが・・・・。

しかし、今の佐藤康行が出している力が100のうちの10だとか20だとかだとしたら・・・・・・!!

あの、佐藤康行の短時間での個人面談での力の、その何倍も何十倍もの・・・いや、ひょっとしたらその何百倍もの力が佐藤康行の中で、まだ出されずにいるとしたら・・・・!

生きているうちに絶対見てみたいとおもいました。

そして、自分自身も「100の力を出して生き切らねば、死ぬに死に切れないなぁ 」とつくづく思ったのでした。
たった一度の自分の人生。自分の持てる力を全部出し切って生き切りたい!!

どんな生き方をしたら、「全部出し切って生き切った」と言えるのか・・・?
昨日から私の一つのテーマになりました。

 



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古いテープを落としていることは、何度も書きましたが、100本を超える頃から、全くブログが書けなくなっていました。
「私はどれほど佐藤康行を知っているのか・・・・・」という疑問が心に湧き、書くことが出来なくなってきたのです。

言えば、それほど、佐藤康行の音源は強烈なわけです。
聴けば聴くほど、「佐藤康行はいったい何者か!?」という気持ちが強くなっていたのでした。

しかし、数日前から、私の心にも心境の変化があり、「佐藤康行なる人物は捉えきれないけれど、私の捉えている佐藤康行を私なりに書いてみよう」という気持ちになり、また、少しずつ書き始めようと思っています。

さて、ここのところ、佐藤の本が電子書籍となり、アマゾンのランキング1位に次々となっています。
既に、3冊発行されたのですが、3冊ともランキング1位となり、今もずっと売れ続けています。

以前、私がある宗教に入っていたことは、このブログでもご紹介しましたが、その宗教も教祖の書籍をベストセラー化し、教祖の講演会を開催して布教をしていたわけですが、その中で書籍をベストセラー化することは、組織ぐるみで大変な思いでやってきた経験があります。

宗教の場合は、かっちりとした組織が全国に出来ていて、地方単位、県単位などで組織化されていて、中央からの命令一過、割り当てられた冊数を組織で買い占める訳です。

「積んどく功徳」とか言われ、地域のリーダーの家庭には、何百冊近くベストセラーにするために買い締めた本が山にように積んであるある訳です。
それを見た家族とのもめごとなども、よく耳にしたものです。

勿論、そうして作為的にベストセラー化させる訳ですから、すぐにランキングから落ちていきます。

しかし、佐藤康行の書籍のベストセラーは、それとは全く異なるものです。

最初に電子書籍化された「究極のセールス」も3週間以上たった今でも売れ続けているのです

3冊ともが売れ続けているのです。ランキングの上位を占めているのです。

出版社の方も、予想以上(?)の売れ方に「私どもも本当に驚いています。この売れ方は、佐藤先生の隠れファンがいるとしか思えない」とおっしゃっていたのもうなずけます。

テープを聞いている私は、過去、どれほどの人数の方が、佐藤康行に救われ甦っているかということを、毎日、音声を通して聴いているわけですから、この書籍のランキングには思わず納得しています。

よく、宗教でも企業でも「数の論理」で、どれだけの大勢の人数がいるのか・・・・で競いますが、やはり、本当の力はこうした所に出てくるものだと、改めてつくづく思った次第です。



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佐藤康行の人生の中で、営業での実績はまさに神業ともいえるほどの凄まじいものです。
それは、ただ実績を出しただけにとどまらず、「営業道」とも言える境地まで極め、現在の「YSコンサルタント」の源流にもなっています。

それは、「サンタ営業」という形で、現在に至るまで、多くの営業の方の実績もあげるという形で顕わされています。

そもそもの根本は、前にも書きましたが、中学時代に体験した自分の中にあるエネルギーを出していったというところにもありますが、今日はこのエネルギーを佐藤がどのようにして鍛えていったかをお話しさせていただきたいと思います。

佐藤は18歳から21歳くらいまで、大手の食堂の皿洗いをしながら、定時制学校に通い、そして、ボクシングなどで体を鍛えていました。

その自分自身の鍛え方が、やはり、半端ではなかったようです。

毎日の睡眠時間が4時間ほどで、それ以外の時間は1分も無駄にせず、「心」と「体」を鍛えることに集中していました。
佐藤が「多分、これほどの18歳の少年はなかなかいないかもしれないね」と言うほどの集中ぶりであったようです。

人が見ていようが見ていまいが関係なく、徹底した自分自身に対する「厳しさ」で、自分を追い込むような集中力だったようです。

当時の逸話に、あまりに疲れて起きられなかったので、目ざまし時計を知らないうちに止めてしまうので、目ざまし時計をいくつも用意しました。しかし、無意識に止めてしまうので、次にレコードにタイマーをかけて大音響で流すということをしました。

しかし、それでも無意識に止めてしまうので、どうしたものかと考え、思いついたことが、レコードの場所まで行く途中に、バリケードを作り、そのバリケードを取り去るうちに目が覚ます・・・というような、いかにも佐藤らしいユニークなアイデアで乗り越えていったようです。

この時代、もともと佐藤が持っていた「決めたらやり遂げる」という性格と、持ち前の頑張りと、ユニークな発想で、まさに自分の「心」と「体」を鍛え上ていきました。

それが、営業時代の誰に見られていようがいまいが関係なく、ただひたすらにお客様を喜ばすためだけの営業に行きつき、そして、それが「サンタ営業」という形になっていきました。

佐藤はこの時代「心」とい目に見えないものと「お金」という生なましい一見矛盾しているように見えるものを融合する、新しい発想を生み出していったわけです

この経験が、次の時代のステーキハウス「ドミンゴ」の苦しい時代を乗り越える大きな自信につながっていくわけです



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佐藤康行は動物が大好きで、タマという猫や鳩、そして有名なのは「ニワトリを飼う」ということをしていましした。
誰でも子供時代何らかの動物を飼った記憶があるかとは思いますが、佐藤の場合はここからも将来のための大きなヒントを得ています。

ニワトリが犬や猫のようになついた…という話は聞いた方もいらっしゃると思います。

毎日餌をやり世話をし、愛情を注いでいくと、ニワトリは羽根が真っ白でつややかになり、卵もどんどん産んだと言います。
まるで犬か猫のように佐藤になつき、「トートット」と呼ぶと、学校から帰ってくる佐藤の周りから離れなかったといいます。
小学校時代の佐藤にとっては、本当に可愛かった事でしょう。

しかし、ある時、その可愛いニワトリが佐藤の食卓に並ぶことになります。

佐藤は「人間としての矛盾」を感じたという表現をしていますが、人間は「いのち」を大切にしながらも、その「いのち」を食べなければ生きては行かれない動物です。

小学生の佐藤は、既にそんな矛盾を考えてしまう子供でした。

セミナーの時もこんなことを良く耳にします。

「堀の池のカモに矢が刺さっているのを見て、可哀そうと言っている人間が、焼鳥屋で焼き鳥を美味しい美味しいと言って食べている。人間のやっていることをこのような矛盾があるのです・・・」

そんな小学生であった佐藤の特徴は、勉強をまったくしない子供でした。
どうも、その当時から、誰かの考えを学んだり、取り入れたりしない子供だったようです。

しかし、今から考えてみると、現在の佐藤の誰の考えにも影響を受けず、独創的な発想や、オリジナル性あふれる感覚はなるほど!と、納得するものがあります。

佐藤はもともと、誰かの考えのもとに生きることをせず、全て、自分の周りに起きてくる事がらのの中から真理を追究する、そんな人間であったと思われます。



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佐藤康行の祖母は武家の出で、大変きちんとした人であったようです。
父親は長く戦争に行ったいたため、貧乏ではあったけれど、物静かな人であったようです。
母親は大変愛情深く、愛情をそのまま飾ることなく表現するようなそんな人であったようです。
長兄は大変穏やかで優しい人であったようです。
長姉は聡明で、なおかつ毎晩自作の物語を作って聴かせてくれるほど、独創性に優れた人であったようです。
次姉は女らしく心配りの出来る人のようでした。

佐藤の家族は仲が良く、家族は穏やかであったといいます。

佐藤をご存じな方なら「なるほど・・・」と、思われたと思いますが、佐藤という人物の中には、この家族の全てが含まれているように思われます。
それが、そもそもの「佐藤という種であった」と思われます。

その種は、あるとき独自の「芽」が出ることになります。

その時、佐藤は自分の中に、自分でも思ってもいないエネルギーがあることを経験し、驚くのです。

それは、中学生の時ふとしたことで友人とケンカしたとき、佐藤の中から思わず出てきたエネルギーの力を見たときです。
そのエネルギーが思わず出た時、相手が固まってしまい、全く相手にならなかった経験をしたのです。

それまでは、ごく普通の子供として自分を捉えていた佐藤が、始めて経験したエネルギーは、

あれつ!?俺の中にはこんな力があるんだ。たとえ相手が何人いても俺は全員を圧倒できるし、相手が萎縮するぎりぎりのところが判る。何故だかわからないけれど、俺にはわかるし出来る強力なエネルギーがある!」そんな経験です。

佐藤はその後、あらゆる経験をさせられながら、このエネルギーを芽から幼木に・・・そして幹を太らせ、葉を茂らせ、揺るぎない大木に育て上げさせられていくのです。

そのエネルギーをどんどんと開発し、どんどんと大きくし、深くし、広くし、一瞬で変化させる強力なものにし、また、その匂いも色も透明にしていけるほどの純化をさせていくわけですが、それは、想像を絶する苦しみや辛さをも伴うものであったのです。

そのあたりは、これからおいおいお話してまいりたいと思います。



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佐藤康行は決めたことは絶対やるという人です。
それは、どうも生まれつきの性格のようです。

小学校の頃新聞配達をしていた佐藤は、たった一度寝坊をします。あまりに、ぐっすり眠っている佐藤をお母さんがあえて起こさなかったのですが、悔しくて悔しくて泣けて泣けて仕方がなく、その悔しさは大人になっても忘れられない出来事になったようです。

それは、佐藤の人生の中で随所に出てきます。人生一貫して「決めたことは必ずやり遂げる」というところは変わりません。

定時制高校の時も、入学時に「一日も休まない」と決めたら、どんなに熱が出ようが休まなかったようです。そのくせ、卒業式の表彰されるその日に「褒められるために頑張ったんじゃない」と、あえて、たった一日卒業式に休むという不思議なことをしているのです。
定時制時代は、決めたことをやり通すがために寝不足で、電車のつり皮につかまっていてうとうと眠って膝がガクンと折れたり、歩きながら居眠りして思わず転びそうになったりもしたようです。

とにかく、「決めたらやる!」が、半端じゃないわけです。

営業の時も、「売る」と決めたら必ずやり遂げたし、自分の前に立ち塞がる壁を取ると決めたら、どんな苦痛を伴ったとしても薄紙を剥がすように自分の性格を変えてきました。

自身の会社を作った時も、そのあと「心の学校」を立ち上げた時も、人生一貫して「やり遂げて」きたわけです。

しかし、この性格・・・・。
この性格があったからこそ、今の佐藤康行があり、今の私達があるように思えるのです。

この性格があったからこそ、「真我開発講座」が生まれ、10万人を超える人の人生が変わったという事実がある訳です。

もし、佐藤康行があきらめの早い性格だったらどうだろう・・・・?

はっきり言える事は、今の私はいないし、私の人生は全く違う人生だったと言うことです。

そうなると、この佐藤康行の「決めたら絶対やり遂げる」という性格。
これは、単なる性格なんだろうか?

もし神というものがいるとしたら、佐藤にある意図をもって授け、佐藤を逃れられなくさせたのかもしれません。

だとしたら、私の性格も、皆さんの性格も、ある意図のもとに授けられたのかもしれません。

そう思うと、自分の中に勇気が出てきます。



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あるきっかけで、「佐藤康行」の過去20数年の講話を収めたテープをパソコンに落とす事をはじめました。
佐藤康行が「真我開発講座」を始めた時から、全ての講話がテープに遺されてあるようです。
このテープはDATという形式のもので、今や世の中には存在しないテープを、機械を駆使して音声をよみがえらせながら、パソコンへ取りこんでいく仕事です。

純粋な講話の分だけを見てもざっと軽く1500本は下らない・・・。
他の講師の分も含めると、4000本はあるのではないか・・・・・。

始めてめてテープの山を見た時には、あまりの量の多さに軽くめまいを感じました。

しかし、これが「佐藤康行の歴史」であり、「佐藤康行の人生」なんだと思うと、私が何もかも聞いてしまっていいのか・・・・・?という申し訳ないような気持と、知りたい!という好奇心にも似た気持ちが出てきました。

ー本・・・一本・・・また、一本・・・・と聞きながらパソコンへ落としていくうちに、私の知らない過去にワープしていくような錯覚に陥りました。
その時代に自分も参加しているような、そんな不思議な感覚です。

そして、自分の中から甦ってくるその時代の自分の人生と、テープの中に出てくる皆さんの人生と、佐藤康行自身の語られる講話の中の「本当の自分」が全部ひとつになるようなそんな不思議な体感です。


その時、「あっ!私の過去が丸ごと変わった!」「あれ?私は今のままで、全ての過去を変えてしまったんだ」という、不思議な感覚です。

この私の経験を、皆さんに是非共有してもらいたいという切なる気持ちで、私の聴いた「佐藤康行」のエピソードと、その奥に流れる「本当の意味」を研究会と称して書き綴ってまいりたいと思っています。

是非ともたくさんのご意見やご質問を頂けることをお待ちししています。

 



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