※この内容は、研究所が立ち上がる前の研究員個人ブログのアーカイブです

夢から覚めた・・・!
まさに、この一言に尽きました。

男と女の真理コース、第一日目は、佐藤康行から出た究極のワークで、まさに目が覚めたというそんな感覚でした。
今だかつて世の中では聞いたことも見たこともない、新しいワークを体験しました。

このワークを通して、佐藤康行がいう「男と女」とは、世の中で行われている、この手の類のものとは、全く違っている。
違うどころか、ある意味ま逆だという事の、その壮大さを、目が覚めるような思いで実感する事が出来た一日でした。

まさに、私にとっては「あぁーーー!ここまで、凄いのか・・・!」と、自身の体感を通して、これでもかというほどの実感させられました。

昨日のブログ記事が、飛んでしまった事故の理由も良くわかりました。
「あなたが書いている、そんなもんじゃないよ」そう予告されたようなものでした。

大宇宙から見る人間。
大宇宙そのものを似せているという男と女。

この究極を明確に語れるのは、世界の中でも佐藤康行しかいないと、私は確信をしています。
何故なら、テレビでも本でも宗教でも、いかなるものも、佐藤の語る「男と女」その一遍も、語られることも聞くことも、今だかつてなかったからです。

しいて言えば、聖書に「神は神を似せて人間を創られた」とありますが、しかし、それとはやはり比べようも無いほどの、深遠な根源の体感なのです。

それほど、人間がこの地球上で生きていく上での根源の物語。
佐藤康行の語る「男と女」というものは、生きとし生ける全てのものの「いのち」そのものの話だったのです。

それほど、根源的なことゆえ、男と女の悩みは深く果てしないところもあるのでしょう。
昨日も、男と女の悩みを抱えた男女。
そして、男と女が出会い、さらに二人で究極の愛を深めていこうとする夫婦。
また、男と女に関してのトラウマを持ち、宇宙の法則に乗り切れない男女・・・・などなどが、多く集まりました。

いまや、佐藤康行の講座は、真我を追求する多くの人が集まります。
今回も講座の開催間際になり、急に多くの申し込みがあり、急遽、席を広げてご準備頂いた主催者のメンタルパワーズさんも驚かれるほどの出来事だったようです。

満席の中での「男と女の真理コース」
一日目で、すでにかなりのところまで行けた感があります。

本日は二日目・・・・。
今の佐藤康行のスピードですと、二日間はかなりのところまでいけます。

今日はどこまで・・・・・!
今からわくわくしています。



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佐藤康行が倒れて、10年がたちます。

10年前までは、佐藤康行以外、真我開発講座の講師はいませんでした。
当時は、佐藤康行以外が真我を開発できるとは、考えてもいませんでした。

佐藤が倒れ、佐藤が病院のベッドの中で全く動く事が出来ない。
しかし、すでに予定している講座が数日後には迫っていた。
佐藤康行以外の誰かがやるしかない・・・・・・。

そして、佐藤以外の数名がやることになったのです。
病院のベットの中で、初めて自分以外の人が真我開発講座の講師をやるにあたり、佐藤が何度も繰り返し言った事は何だったのでしょう?

当然、当時、佐藤の講座を継承される側も、予想外のことで、何をどうしていいのか分からず、さぞかし不安だった事だろうことは想像できます。
その人に佐藤が何時間もかけて、繰り返し繰り返し「この事だけは守って欲しい」と言った事があったのです。

それは、「自分がやっていると思うな」
その一言に尽きました。

それは、佐藤康行がひとり、ずっと守り続けてきた事だったからです。
それだけは、絶対、守り続けてきた一番大切なことだったからです。

真我開発講座の講師をやっていると、目の前で奇跡のようなことが次々と起こります。
「佐藤先生、先生のおかげです」そう手を合わせる人も、過去に多くいました。

しかし、佐藤は一度としてそれを自分の力と思った事はありませんでした。
「自分に凄い力があるのではないか?」
そう思いたい、人間心の誘惑には絶対負けませんでした。

そうやり続けてきた佐藤だからこそ、一番の人間の魔境ともいうべき誘惑がいかほどのものなのか、痛いほど知っているのです。
だから、講師を継承する時、何度も何度も繰り返し言ったのです。

自分がやるのではない
自分はやらされているだけ

10年前に数名に継承された講師も、今や全国に、そして世界に。
世界中で多くの人が真我開発講座やサンタ営業の講師として活躍しています。

また、これからは真我医療療法士としても活躍も期待されています。
世界中に佐藤康行の分身ともいうべき人がますます増えていくに違いありません。

絶対、誰にもやらせなかった佐藤康行が、今や惜しみなく手の内を全て継承してくれます。
佐藤は決して自分ひとりのものにはしません。

だからこそ、佐藤が守り続けてきた事を、守り続けなければならないのです。
大切な事はそこであると、そう思うのです。



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佐藤康行はコックの世界から営業の世界へと入ります。
普通に考えたら、無謀とも思える行為です。

20歳になるかならないかの営業未経験者の若者が、フルコミッションの化粧品の訪問販売をするなどとは。
なかなか、誰でもが選ぶ道ではありません。

しかし、佐藤はその世界に入りました。
そして、1軒1軒ドアチャイムを鳴らして訪問販売を始めました。

ドアチャイムを鳴らし、人が出てきそうになったら逃げた。
それを見ていた先輩に「お前には営業は向いていない。辞めろ」と言われて、奮起して翌日から軒並みに訪問をした…という話は、聞いた事があるかと思います。

佐藤は古いテープの中で、その出来事をこのように言っています。
「私は先輩から言われたのが、悔しかったのではないのです。」

「私は口下手で、人前で話も出来ない性格でした。
好きな女の子にも声をかけられなくて、目の前で友人に持っていかれてしまいました。
そんな情けない自分の性格を変えようと思っていたのです」

「自分の性格を変えようと思って、この営業の世界を選んだのに、逃げてしまった自分を指摘され、相変わらずの自分が悔しくて悔しくて・・・・・。
不甲斐ない自分が悔しくて・・・・!
その晩は、布団の中で鉢巻きをして眠ったのです。」

誰でも自分を変えようと決意する事はあると思います。
しかし、その時に前に立ちはだかる難敵は、誰でもない自分自身です。

その方が良いと判っていても・・・・。
自分を変えようと強い決意をしても・・・・。
目の前に苦手な事が現れると、とっさに逃げてしまい、先ほどの強い決意はガラガラ…と、脆くも崩れ去ったりするのです。

しかし、若き佐藤は、「毎日、薄紙を剥ぐように・・・」自分を変えていきます。
その薄紙を剥ぐと表現するこの言葉の中に、どれほどの努力で、日々の佐藤康行の自分を変えていったか、その決意の強さと努力が映し出されていると思えます。

毎日、毎日薄紙を剥ぐようにして、自分を変えていく。
毎日、新しい自分を発見していく

佐藤康行は、今でも「自分で決めても、なかなか出来ない」という質問が来た時に、「今からでもいいのです。気づいた時、そこからスタートです」
とか、「こんな風に仕組みを作ってやってみるのはどうですか?」
と、いうような事を言います。

一度として出来ない人を裁くような事はありません。
絶対出来るという事、そちらの方を見てくれます。
それは、自身もそのようにしてきたからでしょう。

「人と比較しなくてもいいのです。
あなたはなたでいいのです。
比較するのなら、昨日の自分と比較すればいい」

という、佐藤康行の言葉に救われた事はありませんか?

佐藤康行の人生の中から出てきた珠玉の言葉は、佐藤康行そのものです。



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佐藤康行の営業時代の話の前に、この「動かされている世界」について、お話したいと思います。
何故なら、佐藤康行の人生こそ、まさに「動かされている」人生そのものだからだと思えるからです。

さて、動かされている世界とはどんな世界なのか?
その一端を、私なりに体験を通してお話してみたいと思います。

私はブログの読者のみなさんに、よく聞かれる事があります。
「ブログはどのくらいの時間で書いているのですか?」とか「毎日、よく書かれますね」とか。

私も不思議なのですが、ブログを書くのに、さほどの労力や大変さを感じた事はありません。
何故なら、書いているというより、書かされているような感覚の方が強いのです。

毎朝、ある一定の時間になると必ず目が覚めます。
それは、前の晩がどれほど遅くても、どれほど疲れていても、それとは関係なく目が覚めます。

目が覚めてから、ブログ発信の1時間くらい前まで、ウトウトとベッドの中でしていると、そのウトウト・・・の間にその日の書く内容がほぼまとまります。
そして、起きたら、そのまとまった内容を一気に書く訳です。

書いている時間はそんなに長くありません。
一気に書き上げ、そして誤字脱字や文章の確認などをして、それから「今日の一言」を書きあげて、ほぼ、総ての作業は1時間位で終了します。

勿論、「今日の一言」も、本棚の前に行き、ピン!とくる本を手に持ち、パラパラとめくり、ピンと来たものを書きます。

ある時、この事が「動かされている」というものなんだろうか・・・・?そう思う時がありました。
「動かされている世界」を意識すればするほど、どんどんとブログを書くのに、全く力を使わないようになってきました。
時には、自分が書いているという感覚さえも、無くなる事さえあります。

佐藤康行は、自身の事を「操り人形」と言います。
操る人が操る事を止めたら、操り人形はパタッと動けなくなるというような表現をする事があります。

果たして佐藤康行はいつから「操り人形だったのか?」
その観点から、佐藤康行の人生を観てみると、明らかに見えてくるものがあるのです。

何故、コックの道で順調に将来が見え始めた時に、コックの道を辞めて営業の世界に入ったのか?
何故、営業の世界で成功できるのに、その成功をあっさり捨てて、先の見えない小さなレストランで苦労をするのか?
何故、レストランで経営者として成功したのに、もっと成功できるという絶頂期に、何故、そのすべて捨てるのか?
もっと言えば、定時制時代に何故、皆勤賞を貰えるというその成功を、わざわざ卒業式の日に休んで、その成功を捨てたのか?

その視点で見てくると、佐藤康行の人生そのものが、誰かの深い意志で動かされている、そのように観えてくるのは私だけであろうか・・・・・・・?

佐藤が経験した幼少時、そして若くして経験した母との別れ、家の火事で全てを失った時に佐藤のスイッチが入った事・・・・・・。
これらすべてが、ある一点のために、そう経験させられているように観えてくる。

佐藤康行の人生の経験が、総て現在の「真我に目覚める」という一点に集約されている。
言い方を変えれば、佐藤康行は私たちが「本当の自分に目覚める」ために、幼少時からあらゆる経験をしてくれていたとも言えるのではないかと、そう私には観えてきてしまうのです。



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昨日の東京江戸川で開催された、佐藤康行講演会「世界一を目指す」は、満席の中、多くの感動とともに終了しました。
佐藤康行の講演会は、前半は佐藤の話と体験談で、休憩をはさんで後半が質疑応答となります。

佐藤康行の講演会の場合は、休憩時間に帰る人がいないのが特徴です。
やはり、始めて佐藤の話を聞く人にも興味深い話なのでしょう。

後半の質疑応答でも「始めて聞きましたが、その真我というものを体験するにはどうしたいいのか?」という質問も出ました。
それほど、始めて聞く人にとっても興味深い話です。

佐藤は何度も言いました。
「いいですか、忘れないでください!
本当のあなたが素晴らしいと言っているのです!
聖書も仏典も、あなたの中にあるのです」

そう汗をびっしょりかきながら、1mmのズレもない、佐藤のこの言葉は、会場の満席の皆さんの魂を打ち震わすものがあります。
終わっても、そそくさと席を立つ人も少ないほど、心を打ち震わすのでした。

今回は、大変おもしろい(?)ハプニングがありました。
時間の間違いがあったようで、佐藤が1時間早く終了しようとしたのです。

「それは終了します」と言おうとする佐藤に、舞台そで口からメモが渡されると、佐藤は「まだ、まだたっぷり時間があります。では・・・・」と言いながら、質疑応答を再開しました。
そこからが凄かったのです。

明らかに、佐藤康行にクイィー―ン!と新たなスイッチが入りました。
そこからの終了までの一時間は、それはそれは凄まじい「佐藤康行ワールド」でした。

佐藤康行は講演会でも講座でも事前になにも用意していません。
佐藤康行の真我から出てくるままを、そのままを話したり、ワークをしたりしますが、まさに昨日もそれを証明する出来事でした。

終わったと思った佐藤が、後、一時間あるいと思ったとたん、新たなスイッチがはいり、さらに会場全体を包み込んでしまったのでした。
最後は席から立って、舞台前まで出てきて、会場に向かって「本当のあなたが素晴らしい」と言います。

佐藤につけられていた、ピンマイクが外れるほどの熱弁でした。
その外れたピンマイクを、ぐるぐる回しながら、ニコニコ笑って会場のみんなを見ている佐藤の顔が忘れられません。

佐藤のその姿は、一つも驕りもなく、ただただ喜びと愛に満ちていたのです。
そして、「私は皆さんと同じなんですよ」そう、心から思っている佐藤の愛そのものに見えたのです。



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今日は、東京江戸川で、佐藤康行「世界一を目指す」講演会が開催されます。
私もお手伝いなので、このブログを皆様にお届けしたら、出かけようと思っています。

さて、受講生の企画による佐藤康行の講演会も、どんどん進化している様に思えます。
特に、今回は8日静岡、10日江戸川と、比較的近いところで立て続けの講演会です。

組織主導の講演会であれば、こうした計画は多分、立てないと思います。
しかし、あくまでも受講生が自主的に計画し、佐藤康行に来てもらうという形のこのスタイルですと、こうした、大変ユニークな設定になります。

ここが、私は大変面白いところだと思っています。

集客ありきで、組織が人を動かそうと考える事。
感謝を主体にあくまでも心が主体で起きる出来事。
どちらが人が動くのでしょうか?

私はこの二つの講演会がどちらも満席になるのを見て、つくづく思う所があります。
ある意味、こんなに近い日程で、こんな近い場所で、両方とも会場を満席に出来るという事は、これは大変な奇跡だと思うのです。
よほどの組織力が無ければ、難しい場面です。

しかし、そんなことなど一向に考えることなく、ただ、みんなで一生懸命、佐藤を呼ぼうとしているその心。
佐藤康行の話を聞いてもらいたいという、その心。

その心がこうした神の奇跡を生んでいる・・・。
私にはそのように感じるのです。

佐藤康行の講演会は今や毎月のように全国で行われています。
講演会もどんどん進化してきている様に見えます。

講演会の内容も、講演会の準備も・・・・。
誰でもが出来るような仕組みになりつつあると、そう感じています。

先日もブログに書かせていただきましたが、佐藤康行の講演会は主催をする人が一番感動します。
主催をし、そこに協力する実行委員が一番主役になります。
裏方・・・・と言われる人が、実は主役なのです。

主催者は、裏方のとしての疲れでなく、主役として大きな夢が叶うその喜びを経験します。
そして、自主的な協力者である実行委員も、はやり主役なのです。

佐藤康行の講演会であるがゆえに、そのような考えられない出来事も起きて来るのです。
佐藤康行がやって来た事、それが一貫しているその事実実証が、講演会に顕れているとそのように感じられます。

佐藤康行がたった一人で始めた「真我」を広める仕事。
それが、こうした形で今、多くの受講生の喜びとして広がっています。

「世界一を目指す講演会」はすでに、どこもが出来ない事をやり遂げている皆さんの姿を持って、すでに「世界一になっている」講演会になることでしょう。

今日もさらに進化した佐藤康行。
さらに進化している主催者と事項委員ボランティアの皆さん。
さらに進化した参加者の皆さんに会うのが楽しみです。



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本日の佐藤康行の「幸せのの結婚の法則」は超満員でした。
短期間の間に、よくこれだけの方が集まられたことと感動です!
最初の感動はまずはこの事です。

そして、二つ目。
今日の予報は雨でした。
私は傘を持参で、出かけました。

会場の目の前は富士山・・・・の予定でしたが、お手伝いのため、午前中に着いた時は、雲に隠れてすそ野がぼんやり見えているだけの富士山でした。
ところが、始まる少し前。
12時位になると、空がどんどん晴れてきて、綺麗な富士山が目の前に広がりました。

以前、海外で毎回起こった奇跡をブログ記事「マイクがミタ」でお知らせしましたが、やはり日本でも起きました。
何故か、佐藤康行がくると、このように自然は不思議な反応を見せてくれます。

そして、三つ目。
会場は熱い熱気で燃えました。
そして、あっという間に佐藤康行の本が完売していました。

それは、休憩時間に起きました。
佐藤の話が終わり、15分間の休憩時間に、会場の横にある書籍コーナーに人が寄ってきたと思いや否や、テーブルの上にあった書籍がほとんど売りきれていました。
特に「幸せの結婚の法則」の書籍は、かなりの数、準備されていたのですが、この休憩時間に全て完売していました。

今日の講演会も、本当に熱心に皆さんが佐藤康行の話に釘付けでした。
咳や話声一つない食い入るような会場の雰囲気が伝わってきます。

そして、佐藤の紹介のもと、4組の皆さんが体験談を話され、佐藤がその当時の佐藤とのやり取りなどの、詳しい部分の話を補足して説明してくれます。
「事実は小説より奇なり」と言いますが、まさにその通り。

考えられないような困難を、見事に乗り切られ、今、目の前で幸せになられている4組のご夫婦。
佐藤康行と縁をもつ事がどういう事なのか。
この事実実証に、胸が熱くなりました。

勿論、佐藤康行の熱のこもった男と女の話。
そして、休憩後に行われた佐藤康行による質疑応答。
その内容は、参加者の心をわし掴みにするものでした。
その事は、会場内の皆さんの表情を見れば、一目で分かります。

四つ目・・・・。
講演会終了後、希望者だけの佐藤康行との懇親会に、予想以上の大勢の方が詰めかけていました。
そして、佐藤の本にサインを貰うべく、ずらーっと列をなしていました。

これらの事をお話しするだけで、どれほど盛り上がった講演会だったのか、ご想像がつかれる事と思います。
日本一の富士山のもとで、日本一の講演会が行われたと思います。



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今日は静岡の富士川で「佐藤康行講演会」が開催されます。
この講演会は、計画してから2か月もたっていません。
しかし、あっという間に満杯になっています。

そして、10日には、引き続き江戸川でも講演会が開催されます。
こちらも満員です。

佐藤康行の講演会は、ここ2 3年ほど、毎月1回位のペースで全国で開催されています。
どこも必ず満杯になります
遠くはロサンゼルスでも、ロス在住の方の主催で、ロスの地元の人へ呼びかけて、やはり満杯でした。

主催の方は、講演会開催経験の無い方がほとんどです。
講演会もボランティアの皆さんで行います。
しかし、どの会場も約300名は軽く満杯になります。

全国の過去15万人近い方が、真我開発講座を受講され、人生を変えていかれています。
そんな皆さんが、佐藤が地方へ行くと、待っていましたとばかりに列をなして、佐藤に感謝をされています。
本当にすごい事です。

以前、私は宗教活動の経験があり、その時も教祖の講演会などに携わった経験がありましたが、それはそれは動員に大変苦労をしました。
電話を掛けまくり、あの手この手で動員をかけたものです。

しかし、佐藤の講演会はその時とはま逆の集まり方です。
佐藤康行の講演会は、自然に「集まってくる」という感じなのです。

そして、集まる皆さんが、本当に感謝でいっぱいの心で集まられるのです。
あまりの感動で、どこの講演会でも主催者が「開催して良かった!!」と、感動の涙をされます。

佐藤康行は一切の強制はしません。
何故なら、真我は自分自身の本当の心なのですから、他人からどうこう言われてするものではないからです。

佐藤は主催者の方に言います。
「10人でも20人でも私は喜んで行きますよ」

そんな佐藤康行の言葉に、主催者の魂は震えるのです。
そして、そんな主催者に必ず多くの心ある協力者が集まります。
その協力者の元、多くの人が自然に集まってくるのです。

それがどの講演会も同じことになるのが不思議なのです。
どの講演会も地元の人が、会場を満杯にします。

昔、真我開発講座を受講された方、まだ、講座は受講していなくて、初めて佐藤康行に会う方。
そんな方が会場を埋め尽くします。

そして、途中退場される人は全くいません。
本当に宗教の時では考えられない事です。

何が違うのか・・・・・・?
宗教の時は「集めなければならない」という、○○しなければならないという気持ちが心を苦しめていました。
そして、集めるのが目的になり、そのため無理に来てもらうので、来る人も「来てあげてる感」がどうしてもあります。

また、常に組織があり、その組織で集客をやり、組織ぐるみの集客だったのです。
地域ごとに集客数を割り振られ、何が何でも集めなければならなかったのです。
この強制感は、大変苦しいものでした。

しかし、佐藤康行の講演会は、誰かひとりが「やりたい」と手を上げ、そこに協力者が「協力するよ」と、自主的に集まり、そして人がどんどん集まってくる。
そこには一切の強制感はないのです。

全くのま逆なのです。
ですから、喜びであふれるのです。

この話は、心が違うとどれほど同じような事をしていてもま逆のことなのか。
その事を皆様にお伝えしたかったのです。



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佐藤康行は大手の食堂チェーンのコックとして働いていましたが、その会社の関連会社「野菜市場」に勉強として行く事になりました。
そこでも、食堂時代とは違う経験をいろいろします。

空手を習っている友人が、仕事をしている佐藤に蹴りを入れたり、あれこれと仕事中にちょっかいを出してきていました。
その同僚は、習っている空手を自慢したいらしく、佐藤以外にもあちこちでちょっかいを出していました。

ずっと無視していた佐藤ですが、ある時ついに「何をするんだ!!」と同僚に言います。
すると同僚は待ってましたととばかり「なにぃーーー!!」と言って、佐藤を倉庫の片隅に連れて行き、「腕をへし折ってやるぞ!」と凄みます。

佐藤は近くにあった五寸釘を二本、指に挟むと、その釘を相手の目を標的に構えて言います。
「空手と喧嘩は違うんだぞ!さぁーー来い!」
中学時代に経験した、佐藤の中にある何かの力が出てきます。

相手は身動きが取れないほどの恐怖感を感じたようです。
佐藤には全くかかってきません。

勿論、佐藤は相手の目をけがさせるつもりはありませんが、何故か、佐藤には相手が「これ以上は手が出ない」と思わせるギリギリの所がわかるのです。

睨みあったまま時間が過ぎます。
佐藤が学校に行く時間になりました。
佐藤は釘をパッと置き、「続きは学校から帰ってきたやろう」そう言って、学校へ向かいました。

学校から帰ってきてから、早速同僚の部屋の窓から声を掛けます。
「おい、○○。続きをやるぞ」
しかし、その同僚はまっったく出てきませんでした。
そして、その後、彼は佐藤にも他の人にも一切手を出す事はしなくなったという事です。

佐藤のこの力・・・。
その後、佐藤の人生でこの力が随所に出てくる場面があります。
レストラン時代に暴力団が「みかじめ料を払え」と来た時にも、いかんなく発揮されるのです。

しかし、佐藤康行のこの力は、来るべき佐藤の天命のために、無意識に自身を磨き上げるための摩擦となり、またパワーとなって佐藤康行という人間を究極まで磨き上げていく力となっていくのです。



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