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古いテープを落としていることは、何度も書きましたが、100本を超える頃から、全くブログが書けなくなっていました。
「私はどれほど佐藤康行を知っているのか・・・・・」という疑問が心に湧き、書くことが出来なくなってきたのです。

言えば、それほど、佐藤康行の音源は強烈なわけです。
聴けば聴くほど、「佐藤康行はいったい何者か!?」という気持ちが強くなっていたのでした。

しかし、数日前から、私の心にも心境の変化があり、「佐藤康行なる人物は捉えきれないけれど、私の捉えている佐藤康行を私なりに書いてみよう」という気持ちになり、また、少しずつ書き始めようと思っています。

さて、ここのところ、佐藤の本が電子書籍となり、アマゾンのランキング1位に次々となっています。
既に、3冊発行されたのですが、3冊ともランキング1位となり、今もずっと売れ続けています。

以前、私がある宗教に入っていたことは、このブログでもご紹介しましたが、その宗教も教祖の書籍をベストセラー化し、教祖の講演会を開催して布教をしていたわけですが、その中で書籍をベストセラー化することは、組織ぐるみで大変な思いでやってきた経験があります。

宗教の場合は、かっちりとした組織が全国に出来ていて、地方単位、県単位などで組織化されていて、中央からの命令一過、割り当てられた冊数を組織で買い占める訳です。

「積んどく功徳」とか言われ、地域のリーダーの家庭には、何百冊近くベストセラーにするために買い締めた本が山にように積んであるある訳です。
それを見た家族とのもめごとなども、よく耳にしたものです。

勿論、そうして作為的にベストセラー化させる訳ですから、すぐにランキングから落ちていきます。

しかし、佐藤康行の書籍のベストセラーは、それとは全く異なるものです。

最初に電子書籍化された「究極のセールス」も3週間以上たった今でも売れ続けているのです

3冊ともが売れ続けているのです。ランキングの上位を占めているのです。

出版社の方も、予想以上(?)の売れ方に「私どもも本当に驚いています。この売れ方は、佐藤先生の隠れファンがいるとしか思えない」とおっしゃっていたのもうなずけます。

テープを聞いている私は、過去、どれほどの人数の方が、佐藤康行に救われ甦っているかということを、毎日、音声を通して聴いているわけですから、この書籍のランキングには思わず納得しています。

よく、宗教でも企業でも「数の論理」で、どれだけの大勢の人数がいるのか・・・・で競いますが、やはり、本当の力はこうした所に出てくるものだと、改めてつくづく思った次第です。



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佐藤康行の人生の中で、営業での実績はまさに神業ともいえるほどの凄まじいものです。
それは、ただ実績を出しただけにとどまらず、「営業道」とも言える境地まで極め、現在の「YSコンサルタント」の源流にもなっています。

それは、「サンタ営業」という形で、現在に至るまで、多くの営業の方の実績もあげるという形で顕わされています。

そもそもの根本は、前にも書きましたが、中学時代に体験した自分の中にあるエネルギーを出していったというところにもありますが、今日はこのエネルギーを佐藤がどのようにして鍛えていったかをお話しさせていただきたいと思います。

佐藤は18歳から21歳くらいまで、大手の食堂の皿洗いをしながら、定時制学校に通い、そして、ボクシングなどで体を鍛えていました。

その自分自身の鍛え方が、やはり、半端ではなかったようです。

毎日の睡眠時間が4時間ほどで、それ以外の時間は1分も無駄にせず、「心」と「体」を鍛えることに集中していました。
佐藤が「多分、これほどの18歳の少年はなかなかいないかもしれないね」と言うほどの集中ぶりであったようです。

人が見ていようが見ていまいが関係なく、徹底した自分自身に対する「厳しさ」で、自分を追い込むような集中力だったようです。

当時の逸話に、あまりに疲れて起きられなかったので、目ざまし時計を知らないうちに止めてしまうので、目ざまし時計をいくつも用意しました。しかし、無意識に止めてしまうので、次にレコードにタイマーをかけて大音響で流すということをしました。

しかし、それでも無意識に止めてしまうので、どうしたものかと考え、思いついたことが、レコードの場所まで行く途中に、バリケードを作り、そのバリケードを取り去るうちに目が覚ます・・・というような、いかにも佐藤らしいユニークなアイデアで乗り越えていったようです。

この時代、もともと佐藤が持っていた「決めたらやり遂げる」という性格と、持ち前の頑張りと、ユニークな発想で、まさに自分の「心」と「体」を鍛え上ていきました。

それが、営業時代の誰に見られていようがいまいが関係なく、ただひたすらにお客様を喜ばすためだけの営業に行きつき、そして、それが「サンタ営業」という形になっていきました。

佐藤はこの時代「心」とい目に見えないものと「お金」という生なましい一見矛盾しているように見えるものを融合する、新しい発想を生み出していったわけです

この経験が、次の時代のステーキハウス「ドミンゴ」の苦しい時代を乗り越える大きな自信につながっていくわけです



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佐藤康行は動物が大好きで、タマという猫や鳩、そして有名なのは「ニワトリを飼う」ということをしていましした。
誰でも子供時代何らかの動物を飼った記憶があるかとは思いますが、佐藤の場合はここからも将来のための大きなヒントを得ています。

ニワトリが犬や猫のようになついた…という話は聞いた方もいらっしゃると思います。

毎日餌をやり世話をし、愛情を注いでいくと、ニワトリは羽根が真っ白でつややかになり、卵もどんどん産んだと言います。
まるで犬か猫のように佐藤になつき、「トートット」と呼ぶと、学校から帰ってくる佐藤の周りから離れなかったといいます。
小学校時代の佐藤にとっては、本当に可愛かった事でしょう。

しかし、ある時、その可愛いニワトリが佐藤の食卓に並ぶことになります。

佐藤は「人間としての矛盾」を感じたという表現をしていますが、人間は「いのち」を大切にしながらも、その「いのち」を食べなければ生きては行かれない動物です。

小学生の佐藤は、既にそんな矛盾を考えてしまう子供でした。

セミナーの時もこんなことを良く耳にします。

「堀の池のカモに矢が刺さっているのを見て、可哀そうと言っている人間が、焼鳥屋で焼き鳥を美味しい美味しいと言って食べている。人間のやっていることをこのような矛盾があるのです・・・」

そんな小学生であった佐藤の特徴は、勉強をまったくしない子供でした。
どうも、その当時から、誰かの考えを学んだり、取り入れたりしない子供だったようです。

しかし、今から考えてみると、現在の佐藤の誰の考えにも影響を受けず、独創的な発想や、オリジナル性あふれる感覚はなるほど!と、納得するものがあります。

佐藤はもともと、誰かの考えのもとに生きることをせず、全て、自分の周りに起きてくる事がらのの中から真理を追究する、そんな人間であったと思われます。



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佐藤康行の祖母は武家の出で、大変きちんとした人であったようです。
父親は長く戦争に行ったいたため、貧乏ではあったけれど、物静かな人であったようです。
母親は大変愛情深く、愛情をそのまま飾ることなく表現するようなそんな人であったようです。
長兄は大変穏やかで優しい人であったようです。
長姉は聡明で、なおかつ毎晩自作の物語を作って聴かせてくれるほど、独創性に優れた人であったようです。
次姉は女らしく心配りの出来る人のようでした。

佐藤の家族は仲が良く、家族は穏やかであったといいます。

佐藤をご存じな方なら「なるほど・・・」と、思われたと思いますが、佐藤という人物の中には、この家族の全てが含まれているように思われます。
それが、そもそもの「佐藤という種であった」と思われます。

その種は、あるとき独自の「芽」が出ることになります。

その時、佐藤は自分の中に、自分でも思ってもいないエネルギーがあることを経験し、驚くのです。

それは、中学生の時ふとしたことで友人とケンカしたとき、佐藤の中から思わず出てきたエネルギーの力を見たときです。
そのエネルギーが思わず出た時、相手が固まってしまい、全く相手にならなかった経験をしたのです。

それまでは、ごく普通の子供として自分を捉えていた佐藤が、始めて経験したエネルギーは、

あれつ!?俺の中にはこんな力があるんだ。たとえ相手が何人いても俺は全員を圧倒できるし、相手が萎縮するぎりぎりのところが判る。何故だかわからないけれど、俺にはわかるし出来る強力なエネルギーがある!」そんな経験です。

佐藤はその後、あらゆる経験をさせられながら、このエネルギーを芽から幼木に・・・そして幹を太らせ、葉を茂らせ、揺るぎない大木に育て上げさせられていくのです。

そのエネルギーをどんどんと開発し、どんどんと大きくし、深くし、広くし、一瞬で変化させる強力なものにし、また、その匂いも色も透明にしていけるほどの純化をさせていくわけですが、それは、想像を絶する苦しみや辛さをも伴うものであったのです。

そのあたりは、これからおいおいお話してまいりたいと思います。



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佐藤康行は決めたことは絶対やるという人です。
それは、どうも生まれつきの性格のようです。

小学校の頃新聞配達をしていた佐藤は、たった一度寝坊をします。あまりに、ぐっすり眠っている佐藤をお母さんがあえて起こさなかったのですが、悔しくて悔しくて泣けて泣けて仕方がなく、その悔しさは大人になっても忘れられない出来事になったようです。

それは、佐藤の人生の中で随所に出てきます。人生一貫して「決めたことは必ずやり遂げる」というところは変わりません。

定時制高校の時も、入学時に「一日も休まない」と決めたら、どんなに熱が出ようが休まなかったようです。そのくせ、卒業式の表彰されるその日に「褒められるために頑張ったんじゃない」と、あえて、たった一日卒業式に休むという不思議なことをしているのです。
定時制時代は、決めたことをやり通すがために寝不足で、電車のつり皮につかまっていてうとうと眠って膝がガクンと折れたり、歩きながら居眠りして思わず転びそうになったりもしたようです。

とにかく、「決めたらやる!」が、半端じゃないわけです。

営業の時も、「売る」と決めたら必ずやり遂げたし、自分の前に立ち塞がる壁を取ると決めたら、どんな苦痛を伴ったとしても薄紙を剥がすように自分の性格を変えてきました。

自身の会社を作った時も、そのあと「心の学校」を立ち上げた時も、人生一貫して「やり遂げて」きたわけです。

しかし、この性格・・・・。
この性格があったからこそ、今の佐藤康行があり、今の私達があるように思えるのです。

この性格があったからこそ、「真我開発講座」が生まれ、10万人を超える人の人生が変わったという事実がある訳です。

もし、佐藤康行があきらめの早い性格だったらどうだろう・・・・?

はっきり言える事は、今の私はいないし、私の人生は全く違う人生だったと言うことです。

そうなると、この佐藤康行の「決めたら絶対やり遂げる」という性格。
これは、単なる性格なんだろうか?

もし神というものがいるとしたら、佐藤にある意図をもって授け、佐藤を逃れられなくさせたのかもしれません。

だとしたら、私の性格も、皆さんの性格も、ある意図のもとに授けられたのかもしれません。

そう思うと、自分の中に勇気が出てきます。



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あるきっかけで、「佐藤康行」の過去20数年の講話を収めたテープをパソコンに落とす事をはじめました。
佐藤康行が「真我開発講座」を始めた時から、全ての講話がテープに遺されてあるようです。
このテープはDATという形式のもので、今や世の中には存在しないテープを、機械を駆使して音声をよみがえらせながら、パソコンへ取りこんでいく仕事です。

純粋な講話の分だけを見てもざっと軽く1500本は下らない・・・。
他の講師の分も含めると、4000本はあるのではないか・・・・・。

始めてめてテープの山を見た時には、あまりの量の多さに軽くめまいを感じました。

しかし、これが「佐藤康行の歴史」であり、「佐藤康行の人生」なんだと思うと、私が何もかも聞いてしまっていいのか・・・・・?という申し訳ないような気持と、知りたい!という好奇心にも似た気持ちが出てきました。

ー本・・・一本・・・また、一本・・・・と聞きながらパソコンへ落としていくうちに、私の知らない過去にワープしていくような錯覚に陥りました。
その時代に自分も参加しているような、そんな不思議な感覚です。

そして、自分の中から甦ってくるその時代の自分の人生と、テープの中に出てくる皆さんの人生と、佐藤康行自身の語られる講話の中の「本当の自分」が全部ひとつになるようなそんな不思議な体感です。


その時、「あっ!私の過去が丸ごと変わった!」「あれ?私は今のままで、全ての過去を変えてしまったんだ」という、不思議な感覚です。

この私の経験を、皆さんに是非共有してもらいたいという切なる気持ちで、私の聴いた「佐藤康行」のエピソードと、その奥に流れる「本当の意味」を研究会と称して書き綴ってまいりたいと思っています。

是非ともたくさんのご意見やご質問を頂けることをお待ちししています。

 



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「究極の自尊心」
自分を心から尊敬でき、愛するようになって初めて人も心から認められるようになる。

私達はこの究極の自尊心を持っているし、求めている。
何よりも、まず、自分自身を認められるようになることが出発です。

しかし、水子というのは、一度として世の中に人間として出ることが出来ず、ましてや最大のよりどころでもある愛する親から抹殺されるという、そんな経験をしている。
実際に、運よく(?)生まれてきたとしても、実は、妊娠中に「この子は産みたくない」「この子いないほうがいい・・・」そう、思った、もしくはそう思われただけで、実は、深い潜在意識の中ではそのことが分かっているのです。

そうした究極の自尊心を傷つけられて生まれてきた人が、ウツや引きこもり、訳のわからない自殺願望などを持つといいます。

では、そうした人はどうしたらいいのか・・・?
もし、自分がウツや引きこもり、何故か判らない自殺願望がある。深い部分に自分自身を認められず、何故か自分を抹殺したい欲望にかられる・・・。
そうした人はどうしたらいいんだろうか!?

そうした人のために「水子」のワークというのはあります。
たった、ワーク自体は簡単で短い時間です。

しかし、そのワークを体験すると、不思議に自分自身の深い心の中にあった罪悪感や人間不信もすっかり消え、また、人に対する恨みの心も消え去ります。
そればかりか、今までにない喜びの心。人に対売る感謝の心。愛する心が自然にわきあがってきます。

実は、誰のためでもない、自分自身のための誰でもが必要なワークなのです!!



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昨日、「水子」をテーマにしたワークをしました。
いやぁ 凄かった!!

「水子」と言えば、マイナスのイメージが大きいけれど、ある意味これほど重いテーマはないかもしれない。
そして、歴史上でもそして現代でもおおっぴらに語られてはいないけれど、「いのち」にとっては大きなテーマです。

その「水子」を真正面からテーマにしたワーク
これぞ、佐藤康行ならではの最新のワークです。

深い罪悪感が愛によって救われ、さらに、自分の奥深くにある深い深い愛に気づき、感謝と感動で胸がいっぱいになす。
参加者全員が深い愛に包まれて感動の一日でした。

「人は救われる!」
「人間って素晴らしい!」
そう思えた一日でした。



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久しぶりに会った息子は、逞しく変化していました。
立ち上げた会社も順調なようで、忙しく遣り甲斐があるようでした。

息子はその時こんな内容の話をしてくれました。

「僕は僕として生きていかなければならないんだよ。お母さん。
僕は小さいときから、お母さんの言うとおりに生きてきていた。
しかし、結婚をし、お嫁さんを守らなければならなくなった僕には、もうお母さんの人生を歩む事はできないんだよ。」

私は、「お母さんは一度として、お母さんの人生を歩んで欲しいなんて考えたこともないし、言ったことも無いはずだよ」と言いました。

息子は、「お母さんが決して悪いわけじゃないんだ。僕は小さい時から、お母さんが大好きだったから、勝手にお母さんが喜ぶことやお母さんが望むことを、先に先にあたかも自分が考えているかのようにやってしまっていたんだよ。
その結果、知らない間にお母さんの望み通りの事を、まるで自分が考えていたかのように、言われなくても出来てしまう、そんな、自分に気がついたんだよ。
でも、本当は自分には自分の考えがあるということに気がついたんだ。
それを教えてくれたのは、お嫁さんだったんだよ。」

「これは一番お母さんが望むことをやっているんだよ。
お母さんは今、わからないかも知れないけれど、わかったら、きっとお母さんが一番喜んでくれると思うよ。」

「お母さんが大切だと言う気持ちには何の変わりも無いんだよ」

「本当に自分として生きていくためには、お母さんに会わないという時間が必要だったんだ。これからも、必要な時にしか会わないと思うよ」

「お母さんはお母さんの思うような人生を歩んでいけばいいと思うよ。」
などなど・・・・・
たくさんの息子の本音を始めて聞きました。

佐藤学長がおっしゃった「極めてまとも」、本当にその通りでした。
息子は極めてまともでした。
ただ、私がわからなかった、息子の本当の姿が見えていないだけでした。

私の人生を歩んでいただなんて・・・・・。
全く気がつきませんでした。
いったい、長い間、息子のどこを見てきたんだろう。
どこまで、息子を理解していたんだろう。
一番近くにいて、一番長い間の時間を共にしてきて・・・・
本当に息子を愛してきたんだろうか。本当は愛してほしかっただけではなかったのか。

目の前にいる、成長した息子の姿に、安心と少しの寂しさと、そんな気持ちになりました。
息子はある意味、私への洗脳から抜けて、自立の道を歩み始めたんだと思います。

このことで、私は「洗脳」とは決して宗教だけではないのだということを知ることが出来ました。
それは、誰にでもどこにでも起こりえることで、洗脳されている側もしている側も気がつかずにいる可能性があると思いました。

洗脳が解けるということ。
それは、自主自立の道を歩みだしたときからかもしれないと思います。

私もそうでしたが、ある特定の人から強い洗脳(影響)を受けると、そこから抜け出したつもりでいても、新しい洗脳先を知らず知らず求めてしまうのです。

宗教団体の人が、ある宗教を辞めてもまた、違う新しい宗教に属していくと言うこともよく見聞きすることです。
スピリッチャルなことや心の本などを読みながら、いろいろ探していた時の私がまさにそうだったのかも知れません。
洗脳が抜けたつもりでも、抜けきってなかったと思うのです。

現在の日本の宗教人口は、日本の総人口より多いと聞きます。
それは、いくつもの団体をあちこち訪ね歩いている人がたくさんいると言うことです。
いわゆる、宗教ジプシーの方がいると言うことです。

ビジネスにおいても、同じような事は見聞きします。
同じような思想性の高い商品を扱う会社を、ビジネスジプシーのようにされる方もいます。

ある意味、あらゆることに、実はそうした現象がおきているのかもしれません。
それに気がつくのは、結構難しいことかも知れません。

私にとってこれは大変大きな転機となった出来事でした。
「足元が全て」まさにその通りでした。

もし、私が元の宗教で息子のことを見ていたら、「息子に魔が入ってしまった」となり、息子を直そうとして、どんどんトンチンカンな事をやり、息子の事は永遠にわからなかったかもしれません。
本当のことが判っていない「善意」こそが、人を傷つけてしまっているのです。
これは、かつての宗教でよく見てきた親子関係です。

でも、真我(本当の自分)から見れば「極めてまとも」と見え、全く逆の判断をするわけですから、対処の仕方も当然真逆で、どうしてそうするのかを理解すれば良いだけで、する事は聴くことだけでいいわけです。

つくづく宗教で真逆のことをしてきていたんだとも息子を通して教えられた出来事でした。
このことを遠して、自分自身の自立ということと向き合うことになりますが、これがなかなかわからず、私は迷路に落ち込んで行くのです。

ここまでは奥さんが少しずつ本音を言えるようになった話をしました。
ここからは彼の話をします。

彼は、営業職ということもあるのか、誰にでも話を合わせてしまうタイプです。
意図的に話を合わせているのではなく、ほぼ、自動的に相手に合わせてしまいます。
Aさんが○と言えば、「そうですね。その通りだと思います」といい、直後にBさんが×だと言えば、同じように「そうですね。その通りですね」となる訳です。
本当はどちらだと思っているの?と尋ねても、「両方とも本当だと思う」と言いますが、やはり、○と×では矛盾が生じてしまう訳で、それを何とかつじつま合わせをしていたのです。
そのつじつま合わせとは、本音に蓋をして、表面だけ(自分の考えだけで)合わせていたのです。

実は、彼自身も人に合わせすぎていたため、自分の本音がわからなくなっていたのです。

「本当はどうしたいの?」と、簡単な事を聞いても、自分がどうしたいのかさえ解らないようで、何分でもじっと黙りこくります。

彼も奥さんと同じで、自分はどうしたいのかが解らなくなっていたのです。
だから、「本音は?」なんて聞かれても、人に合わせていることが本音だと思っているので、それ以外を答えるよういわれても困ってしまうのです。

二人とも、実は本来出てくるはずの感情に重いフタをガッチリし、綺麗な仮面をかぶって、よき夫、よき妻を演じていたのですが、そんなことにさえ全くお互い気づかずにいました。

何故なら、何年もの間そうして暮らしている間に、すっかり皮膚感覚を無くしてしまい、普通は皮膚をつねれば「痛い!」となるところで、痛いのかどうかさえも解らなくなってしまっていたのです。

結果、エネルギーの強い上司とかが「これが正しい」と言われると、すっかりそれをそのまま自分の考えのように受け入れてしまい、それが自分の考えと同じなのか違うのかさえ解らなくなっていたのです。

勿論、二人の性格もあったとは思いますが、多分に宗教の影響もあったと思います。
●●(某宗教団体)は価値観(教え)を植えつけます。
という事で、真面目な二人はすっかりその教えに合わせ、自分の本音にフタをして、仮面夫婦を演じてしまっていたわけです。

頭の中で本心とは違うものを作り出し、それを知らないうちに本心と思い込んでいる。
まさに、洗脳そのものでした。

佐藤学長は二人に本音を言うそのエネルギーで、仮面をぶち割るということをさせられたのでした。
まるで、氷の中に身動きが取れずにいる二人が、ノミかハンマーで自ら氷をぶち割り、中に閉じ込められていた本来の自分自身を自由にする、そんな感じです。

自分で自分を縛っていたものから自由になって、本来の自分を取り戻した二人は、劇的な変化をとげ、誰から見てもはっきりわかる位表情が生き生きとなり、人間らしさを取り戻してきました。

もし、二人がそのまま●●(某宗教団体)をやり続けていたら、仮面の自分を自分自身と思い込み、そのまま人生を終えていたに違いありません。

友人は昔からこんなことを良くいっていました。
「自分はどうしたいのか、何がしたいのか、どう生きたいのか解らない。やり甲斐もなければ、生き甲斐もない・・・・」と、そんな風に話していました。

今から思えば、無理も無い話しです。
仮面をかぶり、本当の自分で生きていない彼らにとって、人生はまさに「仮面舞踏会」そのものなのですから、人の(仮面の)人生を生きていた結果、むなしい人生を送っていたということなわけです。

仮面をはずしてからの二人は、普通の夫婦のように喧嘩も自己主張も出来るようになりました。本音も言えるようになりました。
血が通った夫婦になった訳です。

そして、彼は単身赴任を解消し、奥さんの元に帰り、二人できちんと向き合いながら暮らしています。
「喧嘩するほど仲がいい」とは、まさに彼らのことです。

今は、心から信頼し合い、心から愛し合っている二人を見ると、本当に良かったと思うのです。

昔の辛そうな彼と彼女の顔を思い出すと、今がいかに幸せそのものだということが解ります。

しかし、「仮面夫婦」は実はあなたの側にもいるかも知れません。
お互いにうわべだけ取り繕って、仮面をかぶって仲良し夫婦を演じているなんて、以外に身近にあることかも知れません。

もし、そんな夫婦や親子がいたら、是非、彼らのように心から本音を言い合える仲になっていただけたらいいと思います。

今は二人ともそんな体験をあちこちで話しているようです。
二人の体験が多くの皆さんの役に立つことを祈ってやみません。



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