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Kさんの、驚きの話です。
この話は、「魂の継承セミナー」ご受講の、Kさんが手を上げて発表された話しの一部です。

その話によると・・・・・・。
Kさんは、YSスタッフに薦められて、佐藤康行の「わがまますっきりノート」という、本を購入。
早速読んでみました。

この本は、佐藤康行が、アルコール中毒、薬物中毒などで苦しんでいる方と会話しているだけで、アルコール中毒、薬物中毒が治っていったという事実の話を収めた本です。
そして、その時の、佐藤康行と問題を抱えた二組のご夫婦との会話が、そのままが本になっています。

「佐藤康行と会話をしているだけで、アルコール中毒、薬物中毒が治る」
この世の中では聞いたことがない、また、信じがたい話を、佐藤康行が事実として起こした、その事実実証そのものの話が、「わがまますっきりノート」には詳しく載せてあります。

実は夫がアルコール中毒で悩んでいたKさん。
夫をの講座まで連れてくることは不可能に近かったのです。
しかし、わが身に起こっていることと同じ話の本。
彼女は、真剣に読みました。

「わがまますっきりノート」の中には、一見、最も被害者とも思える妻が根本原因になっているという話のくだりがあります。
それは、自分が正しい、自分は被害者だと持っている妻の内面的な変化がいかに大切かを話している部分です。

自分が正しいと思っている妻。
「夫が原因なのに、何故、私が原因といわれるのですか?」と訊ねている、その妻とのやりとりの会話。
何故、妻が根本原因なのかも詳しく佐藤が妻と会話しています。
そして、妻がおおきく変化していく部分も書かれています。

Kさんは、これを読んで、まさしく自分だと感じられたようです。
自分が変わらなければならないと、そう切実に感じられたKさんは、本で佐藤康行が言っている通りに行動しました。

すると、何も知らないはずの夫が急に変化し始めたという事です。
「今日はここまでにしよう」と、自分でアルコールの量を決め、飲むのを止めたというのです。
そして、それは、その時以来、毎日、続いているという事なのです。

飲み始めたら止まらないはずの夫が、量を決めて自分で止められるようになった。
Kさんにとっては、全く信じられない出来事です。

そればかりではありません。
夫はもともと鬱だったとのことなのですが、なんと!その鬱も治ってしまったという事なのです。
本当に驚きです。

そればかりではありません!まだまだあります。
Kさんの仕事も信じられないくらい上手くいくようになったとの事なのです。
何故か大きな契約が取れてしまうのです。

「わがまますっきりノート」にも描かれていますが、その問題が解決するだけではなく、仕事も夫婦関係も家族も全てが同時によくなっていくというのが、佐藤康行のやっている事の特徴です。
部分が良くなるわけではないのです。
全体がダイナミックに大きく変化してくるのです。
全てが同時に解決していくのです。

それがその通りになったKさん。
本を読んだだけで、大きな変化されたKさん。

それを聞いた私は、「魂の継承セミナー」懇親会の時にKさんにブログ掲載のお願いをしました。
快く掲載を了解して下さったKさん。
紙面をお仮りして、心からお礼申し上げます!



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昨日は、身体が大きく変化された、73歳の方の話をしました。
しかし、本当は、私を含め全員が半端なく、大変化を起こしているのです。

ここ最近の佐藤康行は、今までも凄かったですが、さらにさらにそのスピード感が増しています!
最近、佐藤康行のやっていることは、あまりにもスピードが速すぎるのと、あまりにも急激な変化で、自分自身がどの程度変化したのか気付かない場合があります。

気付かないというより、「気付けない」と言った方が正確かも知れません。

それほど、強烈なのです!
瞬時!
パッと全てが、世界全てが変化しているのです。

目に見える悪い部分がある方は、比較的わかりやすいですが、そうじゃない人の場合、自分が自覚出来ない程の瞬時に!
体感を超えた強烈な変化に!
その自分のその強烈な変化具合がわかっていない場合があります。

でも、やっぱりそこはわかった方が絶対いいのです。
それは自分自身のために、分かった方がいいわけです。

私の場合はワーク中大号泣をしながら、席をひとつずつずれようとした時、全く腰が動かないことに気づきあわてました。
腰が変なのです。
「あれっ??ぎっくり腰かな・・・?
痛い・・・・。動かない・・・・・。」
大号泣しながら、焦りました。

「神は元に戻る力」
その強烈な力で、心も体も、細胞の隅々まで変化していたのです。
明らかに、私は心も体も、受講前とは大きく変化しているのです。
新たなステージにいたのです。

そうはっきり自覚をすると、そのような世界が目の前に展開されてきています。
すべては、自分のフイルムがスクリーンに展開されてきます。

強烈に変化した自分のフイルムを回し続ければ、そのような世界がスクリーン上に展開されます。
しかし、せっかく変化したフイルムを自らがはずしてしまい、あえて、昔のフイルムをセットして回し続けると、また、元の世界が展開されてしまいます。

この部分が、要注意の部分なのです。
「佐藤康行の講座を受講する秘訣はここにあり!」
おっ掛けの私のここ最近の結論です。

「佐藤康行の『瞬時!』は見逃すことはあったとしても、自分の劇的な変化は見逃すな!」
そう、私は言いたいのです。



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驚きました!
あまりに驚きすぎて、目が点です。

何より、ご本人自身が驚いていらっしゃいました。
そして、連れてきた娘さんが驚きの声を上げていらっしゃいました。

昨日の「魂の継承セミナー」は、目が点になるような奇跡が目の前で起きました。
まずは、冒頭にそのお話からさせていただきます。

当日、少し遅れて参加のお二人。
一番後ろに座られました。
それは、ちょうど、私の真後ろでした。

何か、ぼそぼそと二人で小声で話されている様子・・・・・・。
講座はすでに始まっていて、全員が真剣に佐藤康行の話を聞いている最中です。

おひとりが、「わからない」とか「○△§¶×●(何とかかかんとか・・・・・)・・・・・・」
どうも、気が向かないまま、隣の方に連れてこられた様子です。

隣の方が「ああだから・・・」とか、「こうだから・・・」とか言って、本人に説得している様子です。

講座はワークに入ります。
「やり方がわからない・・・」
「こんなこと出来ない・・・・・・」

「やればいいから・・・・・」
そんな二人のやり取りも、聞こえてきます。

ワークをしていて、私も思わず泣けてきたので、もう後ろの方どころの状態では無くなりました。
すると、先ほどから文句を言っていた方の泣き声が聞こえます。

「ウゥ、ヴァーーァーーーン!!
あなたに何もしてあげていなィーーーーーーーー!
ごめんねぇーーーーーーーー」

「いいのよーーーーー。
いいのよーーーーー。」

不思議なお二人でした。

そして、セミナー終盤に入り、やっとこのお二人の意味が分かりました。
お二人の中のおひとりが、手を上げて発言されたのです。

それによると、お二人は親子でした。
お母さんの体の調子が良くないとのことで、今日は病院へ行く予定だったのを、娘さんが病院を一日延ばして、多少、強引とも言える形で御母さんをセミナーに連れてきたとのこと。

お母さんは、73歳で、中耳炎がひどくなって、脳にまで影響が出るかもしれないと医師に言われ、困っていた方です。
また、常に体が思わしくなく、同じ姿勢を30分以上できなかったという事です。
ましてや、椅子に一日中座っていられるなどと、そんなことが出来ることはあり得ないと、感動されています。

椅子に、一日座っていられた事。
さらには、椅子に座って、脚が組めること。
これらも「ありえないことだ・・・・・・!」

ご心配の耳の調子も、頭もすっきりしているとのこと。

そう言って、お二人は驚きの声を上げ、発表をしてくださっています。
そもそも、御母さんはここがどういう所なのか、何をやっているのかさえ、判らずに来たのだそうです。

ただ、佐藤康行の話を聞き、ワークをやり・・・・。
佐藤康行がお二人に何か特別な事をしたわけではないのです。

何故か体の調子も心もすっかり軽くなられ、表情も朝とはすっかり変わっていられました。
何が起こったのか?
なぜそうなるのか?

明日はこの続きをお話します。
お楽しみにしてください!

注:お二人にはブログに載せさせていただくことを、ご許可頂いています。



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佐藤康行の書籍の出版、第1弾目は「成功と幸福を呼ぶ言葉」1992年6月5日発行
そして第2弾は「魂の開発講座」1993年11月10日発行です。

今から22年ほど前、佐藤康行40歳を少し過ぎた頃の出版です。

当時の佐藤は、レストラン経営の傍ら、
「思い方教室」・・・・思い方によって運命が決まる
「魂の開発講座(後に未来内観と改名)」・・・・・人生の究極を見つめるセミナー
「成幸会」・・・・・・・・自らの人生を積極的に生きる人々の集まり
などを「佐藤義塾」を主宰しながらも、頼まれれば全国を講演していました。

二冊目の「魂の開発講座」では、推薦の言葉を当時の中京高校、中京大学などの学校法人梅村学園の今村様が寄せてくださっています。
その推薦文には、こう書かれています。

『名辞を書き重ねる暇のない多忙な著者が、日々の凄烈な商戦の中で辿りついた究意の血の記録、涙の祈りで綴った本書は、議論や理屈抜きで読破されたい。
何故なら、本書はいわゆる名のために、主義のために著されたものでなく、著者自身が努力に努力、精進に精進を重ねた末に突きとめた誠壱な精神の証にほかならないからである』

(今村裕氏、「魂の開発講座」推薦の言葉より抜粋)

この推薦文を読むだけで、当時の佐藤がいかほどの思いで、日々佐藤義塾を主宰しながら活動していたか、想像できます。
当時の「魂の開発講座」は3日間だったようで、本書の中にもそのような記載がされています。

この当時の佐藤の全国での講演会。
そして、「魂の開発講座」などは、テープにも音声が残されていて、若き日の佐藤康行が、いかにエネルギッシュに話をしているか、そして、話の内容も、今と何ら遜色ない話をしているのも、古いテープの音声をパソコンに入れている時、何本も聞くことが出来ました。

この書籍から20年以上が過ぎ、今、読み返してみると私自身、いろんな思いが出てきます。

当時の佐藤が、今の状況をみたら、何と言うのだろうか?
予想通り?
それとも、予想以上?
それとも、まだまだ、こんなもんじゃないよ・・・・と、言うだろうか・・・・?

改めて、佐藤康行の足跡を辿ってみると、本当に佐藤康行がたった一人でこの仕事を始めた事が現実味を帯びて、目の前に迫って来るような気がします。
そして、佐藤康行がどれほどの思いでこの20数年間を過ごしてきたのか、それも胸に迫るものがあります。

私達は果たして、佐藤康行の魂を継承しきれているのか?
そう考える今朝の私です。



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「天の蔵に徳を積む」という、禅の言葉があります。

先日、佐藤康行にある質問をしたら、佐藤はふとしたように、こう言いました。
「私は、今までに、ずいぶん天の蔵に徳を積ん出来たから、そろそろそれがザーと黄金の雨になって降ってきているのでしょう」

どのような質問か?
それは、ここ最近の佐藤康行の講演会やセミナーの人の集まり方が、尋常では無いので、そのことについて質問したことについて、そう答えてくれたのでした。

そうなんです。
このところ、佐藤康行のセミナーや講演会の集まり方が、尋常ではないのです。
さすがに、一年もおっ掛けをしているとそれに気づきます。

ワァ――ッ!という感じで、人が集まるのです。
予定定員いっぱいの人が集まって来るのです。

それは、まるで黄金の雨が降り注いでいる所に、どの大きさの器を出そうが、どしゃ降り状態になっている黄金の雨はすぐに器一杯になるのと同じような様子なのです。

集まり方が今までとは明らかに違うように感じるのです。
佐藤康行の講座の案内があると、あっという間に人が集まります。

何かをやったから集まるという感じではありません。
佐藤康行のいう「100発100中の世界」
何をやってもうまくいく・・・・、その実証のような世界です。

佐藤は天の蔵の話しのあと、続けてこう言いました。
「私は、ホームレスになっても全く怖くないのです」
「何故なら、私がホームレスになったとしても、協力してくれる人は一杯いると思うのです」

聞いていた一人が
「もし、学長がホームレスになったら、家に是非泊ってください」
そして、「私も・・・。」
「私の家にも・・・・。」
その時、いた全員がそうなりました。

みんな、佐藤康行に協力したい人ばかりでした。
ここにいる人ばかりではありません。
少しでも、佐藤康行に協力できるなら、こんな嬉しいことはないと思っている人は、日本中に、いや世界にも一杯いることでしょう。

そうなのです。
佐藤康行がホームレスであろうが、心の学校の代表者であろうが、実は関係ないのです。
佐藤康行は佐藤康行。

今までの、佐藤康行の全ての生き方。
佐藤康行全てが、佐藤康行なのです。

佐藤の人生そのものが「天の蔵に徳を積む」人生。
まさに多くの陰徳を積んでいると思えます。

佐藤康行に出会わなければ、すでにいのちがなかった人も多くいるでしょう。
佐藤康行に出会わなければ、そのまま病でいのちを失った方も多くいたでしょう。
佐藤康行に出会わなければ、誕生しなかったいのちも一杯あるでしょう。

その出来事に感謝した人も、気がつかなった人も、忘れたかに思える人もいるでしょう。
本人が気づく前に、未来が予変してしまっていて、気付かない方も多くいるでしょう。

その数たるや、想像もつかないほどです。

それが黄金の雨として降って来る!
それこそ、楽しみです。

ここ最近の佐藤康行のセミナーや講演会の集まり方は、その予兆だと思えます。



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今日は、ふと思いつき、佐藤康行に質問をする方法というテーマで書いてい見たいと思います。
佐藤康行のセミナーの特徴は、質問のコーナーの時間がたくさんある事です。

始めて佐藤康行の質疑応答を聞いた時、本当に驚きました。
何故なら、全く想像だにしない答えが、思いがけない角度から次から次へと出てきたからです。

人間同士が会話をしているつもりが、まるで天から答えが降って来るように、全く違う所から答えが来る。
そんな感覚がしたのです。

その答えの発想に、当時は驚いて衝撃を受けたり、質問されたことと全く違く角度からの答えで、噛み合っていないと思ったこともありました。
その方便自在ともいうべき、佐藤の質疑応答に、すっかりはまってしまったのでした。

佐藤に質問をし「分かりました」と座られる方に、驚いたこともありました。
「あれっ?私、わかっていない・・・・。凄いな・・・。わかるんだ」と、感心をしたこともありました。

私は、どちらかというとわかるまで聞きたい「何でも知りたがり屋」の性格なため、しつこく何度も聞く事があるのです。
「もう少し、聞いてもいいですか?」
そうしつこく聞いても、佐藤は嫌な顔一つせず、わかるまで丁寧に答えてくれます。

少し前置きが長くなりました。
何を今日はお話したいと思っているか?

質問の「出発点」とでもいうべきもの。
そのことについて、お話してみたいと思っています。

最近、佐藤は「皆さんが、わかってもわからなくても話します。」
そう言いながら、今だかつて聞いた事もない、壮大な話をします。
そして、「何か質問を・・・・」と、そう切り出します。

そこについて、何度も質問をさせてもらいました。
時には、追っかけをして、道を歩きながら質問した事もあります。
時には、ほんの少しの合間の時間に、質問しに行ったこともあります。

そして、今、私はこう思っているのです。
「出発点が違う・・・・。
質問の出発点が違っているから、佐藤学長の答は、いつも同じ部分を何度も言われるのだ。

結局、私がわかっていないから、同じことをいい方を変えただけの質問になってしまっている・・・・。
そもそも、自分の受け止め方の位置が違っているのだ」

私は人間から見たものを質問する。
佐藤康行は真我(神)から観たものを答える。

それを人間心で聞いて、更に人間から見て質問をする。
佐藤康行は、1mmも全くブレることなく、真我(神)から答える。
この繰り返しなのです。

多分、出発点を変え、真我(神)から質問をする事が出来たなら、もっともっと、佐藤康行から凄い話が聞けるだろうに・・・!
そう思うと、それが出来ない自分に、悔しくて悔しくて仕方がありません。

「佐藤康行に質問する方法」の研究は、いかに出発点を変えるか?
いま、そこに絞られていきます。



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「指一本触れなくても、人間は心が死んだら死ぬ事が出来る」
そう言った、佐藤康行の心境がいかなるものであったか?

この言葉を始めて聞いた時、私は、いったい「指一本触れなくて、死ねる」という状況とは、どんな状況で何だろうかと、衝撃を覚えてた事を思い出します。

私も人生の過程で、「死にたい」と思ったこともありましたが、ここまでの深い苦しみがあるということは、知りませんでした。
だから、どんな心境であるのか、想像がつきませんでした。

佐藤康行は「心の臨死体験」といいます。
「私は本当に危なかったのです」とも言います。

自分の顔を、自分の手で引っ掻き、血まみれになったこともあると聞きます。
人生の壁に40K位のスピードでぶっつかるのと、100キロのスピードでぶっつかるのとでは、その衝撃の度合いが違うと聞いたこともあります。

しかし、どれだけ話を聞いても、佐藤の苦しみの深さは、私には想像がつくものではありません。

当時、経営者の立場で、すでに真我開発講座をスタートしていたと聞きました。
また、全国に講演会に年間100回くらい呼ばれ、出かけていたと聞きました。

明らかに、自分の使命に気づいていた訳です。
自分はどう生きなければならないかは、判っていたのに、現実はそう生きられない事情があったのです。

佐藤を慕って仕事をしている社員。
その社員には家庭があり、生活がある。

また、家を担保に莫大な借金をして、佐藤と人生を共にしようとている人もいる。
店をつくり、店舗展開をする苦労を共にしてきた社員や仲間もいる。

裏切ることは出来ない。
その人達を裏切れない。
しかし、自分に示されている道は、全てを捨てて、この目に見えない「真我」という世界で生き切るしかない。

その苦しみはいかほどであったかと思うのです。

私が仕事を整理し、真我に踏み出す時でさえ、私なりに、苦しんで悩んだ末の決断だったのですが、佐藤の場合は、それとは比べ物にならないほどの苦しみであった事と想像します。

そして、その苦しみの中、ついにその時は訪れます。
佐藤は光の中に、ポーンと自分が上がった経験をします。
それから、佐藤は、この世の真実のあらゆるものが観えるようになるのです。

そして、経営していた会社を譲り、全てを捨ててこの道一本に生きていくことになったのです。
この道に入った時に、その「指一本も触れなくても死ねる」という心の臨死体験は、その後、佐藤の元にくる多くの人の役に立った経験となったに違いありません。
そして、その一点を貫く佐藤には、全ての経験が必要であったことだと思うのです。

私はその佐藤の決断に、佐藤のその苦しみに感謝せずにはいられません。

その事があったからこそ、今の自分がいるという事。
佐藤のこの経験によって、私達は救われているという事。

その事を思うと、感謝せずにはいられません。

その時から、佐藤の新しい人生が生まれるのです。
それを、佐藤は生まれ変わり(今世)と言っています。

そして、その時の佐藤の経験により、佐藤に救われた人はすでに15万人になろうとしています。



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佐藤康行は、セールスマンとしては、多分、今だ誰も到達しない境地にまで到達しました。
その結果、売れて売れて仕方がないところにまでいったのです。

そればかりか、その方法を伝授することで、全く売れないセールスマンに「やる気」と「販売できるまでの実践的な方法」を授けることが出来たのです。
それは、佐藤康行が見いだした方法を使えば、誰でもトップセールスマンになれるということの証明でした。

「営業とは、自分の心を開拓する事」
「営業とは全てが見込み客から出発する」
これらの、佐藤の言葉に代表されるように、従来の営業の考えとは全く違ったものの見方、やり方を、自身の営業成績で実証したのでした。

そして、いよいよ念願の自分の店を持つに到ります。

北海道から、体一つで集団就職で出てきた少年が、東京のど真ん中に自分の店を持った。
すでにその事だけでも、凄い事だと思うのです。

佐藤は時折、自身の話をするときに「私には一番合わなかった仕事」と、この時代の事を表現する事があります。
「何故、自分に合わない事をやったのですか?」という質問には「しかし、合わない仕事でも70店舗までにしたのですよ。凄いでしょ?」などと言う事を言いますが、本当にこれは凄いことだと私は思うのです。

佐藤は受講生から、よく「私の今の仕事は本当に私の使命なのでしょうか?」という質問を受ける事があります。
すると佐藤は「迷ったら近づけ」と言います。

自分の使命、天命かどうか分からなければ、ある期間を決めて、徹底的にやってみたらわかるというのです。
それは、この自身の経験から出た言葉ではないのかと、私は推測するのです。

営業の時代と経営の時代。
佐藤康行にとっては、どこまでも走れた時代と、摩擦を起こしながら進んだ時代。
この両方が、佐藤康行にとって大きな役割をしたように思えます。

強い鋼を作るには、熱く真っ赤に焼いて、冷たい水で一瞬に冷やすように・・・。
この摩擦の苦しみの中から、佐藤康行は次の時代へと大きく生まれ変わったのです。

外から見たら、佐藤は経営者として成功の中にあったとしか見えなかった事と思います。

佐藤自身も勿論そのように思った時もあったと思います。
店舗が増え、どんどんと拡大する事業の中で、ある意味、楽しさも幸せも十分味わった事と思います。

しかし、その、この世の幸せと、深い部分で望んでいる自身の天命とも言うべきものとのズレが生じた場合。
それを感じながらも、事業を拡大したがゆえに、後戻りできない状況の場合。

佐藤康行はその苦しみを死ぬほどの思いで味わうことになるのです。
そして、佐藤康行が佐藤康行として生まれ変わる時がやって来るのです。



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「神を出発点とする」

何故なら、私たちの本質は神そのものであり、真我そのものだからです。
即ち、「神を出発点とする」という事は、本当の自分のまま生きるということなのです。

昨日の「真我真理研究会」は、佐藤康行がその一点からあらゆる質問に対して、自由自在に答えていました。
しかし、それはただ一点から一つの事を言っているのでした。

お金について。
異性について。
真理について。

一見、いろいろな事を話していたかに見えますが、佐藤康行の話す事はただ一つ
神を出発点とし、神の意志を人間の脳で考えた事より優先させるという、この一つにつきました。

この一点から見た時、あらゆる質問に対して、いかようにもアイデアが出て来るものだという事を、昨日の真我真理研究会の佐藤康行の柔軟さとその質問に対して答えている内容の深さ、そして、定位置から一切動かないという、その姿に、私は大きな感銘と気づきを貰ったのでした。

昨日は「お金」に対しての話が多かったかと思います。
「お金」は人間とって、恐怖心をもたらすものです。

「お金」に対する恐怖心から逃れようと、多くの人が自殺します。
佐藤はい言います。
「お金が無くて死ぬのではなく、今の生活を保つ事ができない、今の生活を守ろうとするから苦しくなるのです」
「お金が無い事と、死ぬ事は本来関係ないはず」

冷静に考えてみたら、本当にその通りなのです。

「たとえ収入が減ったとしても、その中で生活する決意。」
「最悪を受け入れる。
たとえ、段ボールの中からでも、生きていこうこうとする決意」

その決意をするだけでも、心は楽になるのです。
そして、その決意をしてみるだけでも、死のうとまでの恐怖心に振り回される事は無くなるのです。

佐藤康行は常に言います。
「どんな状況でも、今、この瞬間から幸せになれる。
こういう状況にならなければ、幸せになれないと考えているとしたら、ずっと、それまで不幸だと言っているのと同じなのです」

「もし、私が自分の身体が治ったら幸せだと考えたら、一生幸せにはなれません。
でも、私はこの身体で幸せなのです。
そして、健康な体の皆さんをこんなにも励ますこともできるのです」

本当にその通りなのです。
そして、そのように私たちにも出来るという事を言ってくれているのです。

極めてまとも。
極めてその通りなのです。

そもそも、私たちはそのように生きられるのです。
なのに、何かが阻害しているとしたら、その阻害しているものを捨て、本来の姿で生きていくことで、幸せそのものになれるという事なのです。

改めて、このシンプルな事に気づかされた、昨日の真我真理研究会でした。



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