佐藤康行から、「長崎魂の鐘 講演会」メッセージが送られて来ています。
すでに皆様も目にされていることと思います。

そして、佐藤康行は、何か事あるごとに「長崎魂の鐘 講演会」の事を口にします。
「とんでもない講演会になるでしょう。是非、皆さんも行ける方は行って下さい」

 

昨日のメッセージの中で、佐藤康行はこのように言っています。

『私は以前から、真我は寂光の世界と言ってきました。
私たちはこれまで闇と光を分けていました。
闇と光を分ける世界ではありません。

物理的に見ての太陽の光、電灯の光ではなく、
私の言う真我の光は神の光です。

神の光には闇も光もありません。相対がありません。
絶対の世界。
闇も光。光はもちろん光。
すべて光です。

原爆で亡くなられた方々、心苦しんでいる方々、それも全部光でとらえていった時に、その瞬間に時間に関係なく救われていくのです。』

 

そんな中、佐藤康行がいかに「真我寂光」で物事を捉えているのか!
そんな出来事がありました。

実行委員のある方が、佐藤康行に「地元の被爆の皆さんをご招待するというのは、いかがでしょうか?」と、佐藤康行に聞きました。

すると佐藤康行はこんな風に言いました。
「外からいきなり来て、原爆をどうこうというのは、ずっとその地にいる人にしたらどう感じるのか。
その人に対して失礼にならないでしょうかね。」

「私は、原爆の話をしに行くのではないからね。
真我の話をしに行くのだからね」

 

ほとんどの人は、そして、特に現存の宗教は被爆者を教えで救おうとします。
しかし、佐藤康行はその逆なのだ!

「もし、原爆に会った人が、生きていて目の前にいたら、どんなことを思い、どんことを言うのだろうね。
私はみんな死んでいると思っていないのです」

 

メッセージでは、佐藤康行はこう言っています。
「原爆で亡くなられた方々、心苦しんでいる方々、それも全部光でとらえていった時に、その瞬間に時間に関係なく救われていくのです」

全てを光で捉える。
そのために佐藤康行は行くのです。

きっと一緒に参加することの出来る幸運な私たちも「救う」のではなく「救われる」ために、行くのではないかと思っています。

 

今、「長崎魂の鐘講演会」実行委員の皆さんが、長崎に行っていらっしゃいます。
昨日、研究員のところへ、実行委員の方から心洗われる写真が送られてきました。

これは浦上教会の前の橋に書かれているものだそうです。
見ているだけで、なぜか涙が出てきます。



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