研究員には、佐藤先生のことで、長年不思議に思うことがあります。
佐藤先生という方をご存知の方は、「あー、佐藤先生らしい。佐藤先生って本当にそういう人だな」と、そう思われるかもしれません。
佐藤先生のもとでは、毎日のように奇跡のような出来事が起き、佐藤先生によって救われたと思っている方は、数限りなくいらっしゃいます。
そういう方は、一瞬で佐藤先生の魅力のとりことなり、佐藤先生を親のように慕い、アイドルのファンのように憧れ、恋人のように胸躍らせ、神のように尊敬し、魂のよりどころにされています。
「どれだけお礼を言っても言い足りない。
どれほど佐藤先生のお陰で幸せになったのか、言葉では言い尽くせない。」
そのような方は、佐藤先生に少しでもお礼を・・・!と、言葉には尽くせないお礼の気持ちを「寄付」という形で包んでいらっしゃったりします。
勿論、どれだけ「佐藤先生に!」と持ってこられたお金も、佐藤先生は、びた一文ご自身の事には使われません。
その方と、その方の家族先祖が一番喜ばれ、その方の先祖や未来の子孫にとっても一番良き使い道を、真剣に考えてくださいます。
ここまでして下っているのにも関わらず、佐藤先生は不思議なことを言われます。
「なぜ皆さんは、ここまで私の事を思ってくれているのだろうか?」
ご自分のためにびた一文使われないのに、尊い寄付をお持ちの方を心から尊敬し、時にはその尊さに涙されることさえあります。
そして、こう言われます。
「どうしたらこの気持ちに、私はお礼が出来るのだろうか?」
研究員はそのたび、何度も
「いやいや、佐藤先生はお礼を受けてくださっているだけで、皆さんすでに十分喜ばれています。
佐藤先生からお礼を頂こうなんて、誰一人思ってもいません」
そういい続けています。
それでも、何度も、佐藤先生は言われます。
「なぜ、ここまで私の事を思ってくれるのだろうか・・・?」
そのたび、研究員は「いやいや。当たり前です!佐藤先生は〇△&%#’&&〇△な凄いことをしてくださっているのですから!」
そんな時、時折、こんな風にも言われます。
「私はまだ、私の事がわかっていないかも知れない・・・・・」
セミナーなどでも、佐藤先生にお礼を言われる受講生もたくさんいます。
その時も、佐藤先生は「ありがとう!嬉しいです」と、心から受講生にお礼をされています。
そんな佐藤先生を毎回見ていて、研究員はいつも不思議に思います。
そして時には「佐藤先生は、ご自分がどれだけ凄い方なのかをご存じないのだろうか?」とさえ思う事もあります。
行き着くところは、佐藤先生には私利私欲が全くない。
起きる奇跡のような出来事は、きっと、全て神の御業であり、それは、神様とその方の両親先祖に返されているのだろうと、そのようには捉えていますが、それでも、ここまでの徹底した姿勢に、たまげてしまいます。
しかし、そのような佐藤先生だからこそ、これだけの偉業をされ、これほどの事を起こし続けていらっしゃるのだと納得もしています。
世界広しと言えど、後にも先にも、佐藤先生のような方は見たこともなく聞いたこともなく、この世にこのような方がいらしゃるという事さえ、不思議に思う研究員です。