佐藤康行は「教祖?!」

※この内容は、研究所が立ち上がる前の研究員個人ブログのアーカイブです

今日は、少し私の話をさせて頂きます。

昨日、久しぶりの友人とお話をしていた時に、私のブログの話になりました。
「研究員さんのブログ、ちょっと佐藤康行教みたいに思われませんか?宗教っぽいって、誤解されませんか?」

私の口を衝いて出た言葉が
「その通り!私は佐藤康行教なの」
「私は本当の宗教をやっているの」

あれっ?私って何言っちゃってるんだろう・・・・・。
口をついて出た言葉に、自分の気持ちを見せられて気がしています。

このブログをお読みいただいている方の中にも、渡辺研究員のブログは、ちょっと宗教チックで、佐藤康行教で、ちょっとね・・・・・。
なんて、お思いの方もいらっしゃるのかも知れません。

思い返してみれば、小さい時から「心」というものに、とても関心があり、「なんで?なんで?なんでなの?」と、何でも聞くので、親に「なんでも聞かなくてもいい」とうるさがられた記憶があります。

「人間はどう生きたらいいのか?」「人間とは何者なのか?」「自分はいったい何者なのか?」「何故・・・?何故・・・?」
相変わらず私の疑問は解消されることはありませんでした。
どの道筋を歩んでも、矛盾が心をおおうのです。

5年前、縁あって「真我開発講座」を受講し、「佐藤康行」という人物を見、「佐藤康行の語る言葉」と「佐藤康行のやっていること」を見た時、
「これだ!!」
「ああ 、やっと見つけた!!」

と、思えたのでした。

それから、5年・・・。
こうして、毎日「佐藤康行研究会」というブログを書いています。

もし、このブログで迷惑をかける人がいるとしたら、それは「佐藤康行」その人です。
私が勝手に題材にさせて貰って、好き勝手を書いているからです。

「何故、釈迦と一緒に生まれて、悟るという人生を許されなかったのだろうか」
「何故、イエスと一緒に生まれて、イエスを守れなかったのだろうか」などと思った時もありました。

しかし、私の望んでいた現実が目の前に現れたのです
今、目の前に「佐藤康行」なる、未だかつてない人物が現れたのです

「佐藤康行」なる人物を、徹底的に極めること。
その事が、私にとって、人生をかけるだけの意味も意義もあると思っています。

それが、幼少時からの「なんで?なんで?」に答えを出せる、唯一の道だと、今は思っています。

宗教チックで気になる方には、ごめんなさい。
でも、出来ればこのままのお付き合いを宜しくお願い致します。

 



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