15歳、単身東京へ。

佐藤先生、15歳の時。
一昼夜電車に揺られて、佐藤先生は単身東京へ就職されました。

 

まだ15歳だった佐藤先生は、初めての東京に、3日間、寝ることも食べることも出来ないほどの、ホームシックになられたそうです。
考えてみれば、当然です。
まだまだ15歳の本当に子供だったのです。

 

そこでの仕事は、食堂の皿洗いです。
当時に給料は、一か月9000円でした。

佐藤先生は、誰い言われるという事もなく、その中の5000円を貯金し、4000円で毎月過ごしていました。
佐藤先生は、その時から今に至るまでずっと、必ず貯金をするという生活は一貫されてしていらっしゃいます。

また、実家へも必ず仕送りをされていました。

15歳で、自立をされていた佐藤先生ですが、まさに、お金の部分でもはっきり目に見える形での自立です。

ここにも、佐藤先生の何か目に見えない、佐藤先生の今を偲ばせる何かがあるように感じます。

 

さて、初めての仕事である、大手会社の食堂での仕事は、皿洗いでした。
毎日、朝から寝るまで、寝ても覚めても400人分の皿を一人で洗います。

作業着の肩まで水が沁みてきて、両腕が水でびっしょりになりながらの皿洗いの仕事は、15歳の佐藤先生にとってはつらいものでもありました。

何も知らない佐藤先生を、時には先輩たちがからかう事もありました。
タバスコをケチャップだと言われて飲んで、口から火が出るかと思ったことがあったり、お米を研ぐときに、一粒でもこぼすと、口うるさい先輩から怒鳴られたりと、当時の佐藤先生にとっては、それなりに辛い思いもされたようです。

しかし、半年もたつと、佐藤先生はその辛かった皿洗いの仕事も楽しい仕事にすることが出来たのです。

 

それは腕時計を外して目の前に置き、一分間に何枚洗えるか、毎日、数えたのです。
毎日毎日、洗える数が増えていく。

時には歌を歌いながら、リズムに乗せて洗うと、さらに洗える数が増えていく。
その時、佐藤先生は、こう思われました。

「あーーそうか。
やらされると思っているから辛いんだ。
どんな仕事でも、自分から向かっていけば、楽しいんだ」

「自分はフライパンも鍋も持たせてはもらえないけれど、皿洗いの仕事は、どの先輩にも負けない」

そんな佐藤先生は、次第に、回りから認められるようになりました。


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3.佐藤康行の逸話紹介
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