佐藤康行「宇宙と命のシステム」後記

※この内容は、研究所が立ち上がる前の研究員個人ブログのアーカイブです

佐藤康行の理論編「宇宙と命のシステム」の講座で、二日間、頭がくらくらし、船に酔ったような症状になってしまいました。
この症状は、九州で7日間に渡り、佐藤康行集中講座を受講した時の、好転反応に似ています。

そのクラクラした頭で、講座を受講していると、今まで当たり前のように見たり、聞いたりしたものが、全く違うように見え、聞こえてきました。
そして、いかに自分がわかっていなかったかということに愕然とするのです。

佐藤康行は、本当の自分である真我で生きる事を「意識的にできないか、これが私の研究テーマなのです」と、そう言いました。
この言葉は、佐藤康行から、今までも何度も聞いた言葉でしたが、今回は全く違って聞こえました。

宗教においては、「本当の自分に出会う」という、「悟り」と言われるものを瞬間でも味わうことは、いかに難しいことかとされています。
そして、その瞬間に出会うために、どれほどの命がけの修業を積まなければならないか、というように学びます。

しかし、それでも辿りつけない、それほどの難し世界であることが、心の世界を扱っているあらゆるところで言われ、書かれています。
その瞬間をもとめて、多くの人がいろいろな所へ教えを請うて出かけます。

確かに、過去の歴史の中でも、その教えを伝承するために、命がけで海を渡った人、旅をした人は多くいます。
そして、命を本当に失った人もいたことは、歴史の中でも語られています。

それを、「誰もがたった二日で悟れる(真我に出会う)方法がある」と言うだけでも、ただ事ではないのです。
これだけでも、歴史上、画期的な出来事なのです!

しかし、佐藤康行はそればかりか、それを、「意識的に出来るように」と言っているのです。
これはどれほど信じがたい話なのか!?

なぜなら、「意識的に出来た人」とは、キリストとか釈迦に代表されるように聖人として、歴史上に名前を残せるようなことなのです。
それを見るだけでも、このことがどれほど難しいことであるか想像が出来るでしょう。

その、奇跡とも思えることを、誰にでも出来るようにするということは、「人類全てがキリスト、釈迦になる」という、人類史上、かつて誰もが、考えることも、想像することも出来ない事を、現実にやろうとするのですから、これは普通のことではないのです。

佐藤康行は、それが「出来る」という大前提で、ずっとやり続けているのです。
科学者のように、日々、私たちを研究テーマとして、実験し続けているのです。

そして、確かに私たちは、佐藤康行が編み出したワークで、ひとりで自宅で出来るまでになりつつあるのです。
そればかりか、カルマのままのそのままの自分でも、佐藤康行の編み出したワークをそのままやれば、いつでもどこでも真我を覚醒させることが出来る。

言い直せば、この瞬間、自分が悟ってないとしても、ただ、佐藤康行のワークを使うことで、「釈迦キリストと同じ奇跡を、私たちは人にしている」という事になるのです。

なんたることか!!
なんたることか・・・・!!
なぜ、こんなシンプルなことがわからなかったのか・・・!!

浅い考えで、のうのうとやっていた自分の迂闊さ加減に、つくづく落ち込むと同時に、頭がくらくらとし、感動と感謝、そして情けなさと悔し涙が同時に出るのです。



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