研究員にとって、忘れられない人がいます。
時々、思い出し、どうされているのかな?と思います。
2年ほど前になるのではないかとは思いますが、けがをされ、病院に入院された時、お見舞いに行って以来です。
お見舞いに行った時の様子は、以前、ブログでも紹介させていた来ました。
(「佐藤康行が尊敬してやまない人たち」⇒クリック)
彼女は、今から7~8年ほど前、85歳くらいで、自分が生まれ育ち生活してきた佐渡にどうしても佐藤先生をお招きしたいと、佐渡講演会を主宰されました。
私たち実行委員は、佐渡に渡り、数日間を佐渡の皆さんとたくさん会いました。
佐渡の皆様を通して、彼女が、どれだけ佐渡の皆さんのために、貢献し、佐渡の皆様から信頼と尊敬を集めていらしたかを教えてもらいました。
頑張り屋で、どんな努力も惜しまなかった彼女。
そして、幼児教育に一生を捧げられてきた彼女。
その方が、晩年になり、佐藤先生に出会うことが出来ました。
「やっと、本物に出会った!!」
それからは、熱心に、佐藤先生のもとに通っていらっしゃいました。
佐藤先生に会えるときは、ピンクの可愛いお洋服を着て、まるで少女のように嬉しそうにいらっしゃいました。
不自由な足で、杖を突きながら、佐藤先生に会うためだけに、駅から時間をかけて、這うような思いでいらっしゃいました。
そしていつも、誰よりも熱心に、佐藤先生の話をメモを取られていた姿は、忘れられません。
「昔はこんな風じゃなかったんです。
なにも出来なくなってしまいました。」
半べそをかきながら、佐藤先生に訴えていらしたとき、佐藤先生が彼女におっしゃっていた言葉が忘れられません。
「あなたのように、それだけのお年で不自由な足で、私のもとに通っていらっしゃるなんて、何万人にひとりです。
あなたは、ただいてくださるだけで、たくさんの人の役にたっていらっしゃるんですよ」
「もう、そのままで、大きな仕事をされていらっしゃるんです」
「ただただ、ありがとう、ありがとうと、感謝をしていれば、いいんです」
佐藤先生からそう言われ、彼女は、涙をポロポロと流し、嬉しそうにされていました。
あの笑顔が今も心から離れません。
残念ながら、お見舞以来、携帯も通じなくなり、お嬢さんの携帯にかけてみても、すでに電話番号が変わっていて連絡が取れなくなってしまいました。
でも、彼女は私の心の中に、時々訪れては、私を励ましてくださいます。
Sさん。
ありがとう!
今でも大好きです!