以前、こんなことがありました。
あるスタッフが、佐藤先生と喫茶店で打ち合わせをしていました。
すぐ近くの席で、中年の男性と女性がお茶をしていました。
そこへもう一人女性が現れ、先にお茶をしていた二人に、大きな声で何か言っているようでした。
大きな声でわめいているので、聞くともなく聞こえてきます。
どうも、先にいた女性は、その男性の秘書か何かで、あとから現れた女性はその男性の奥さんのようです。
二人が浮気をしていると、その奥さんはわめいているのです。
言い争いが始まり、どんどんエスカレートしています。
見るに見かねて、喫茶店のスタッフが、佐藤先生に「お席を移動されますか?」と聞きに来るほどです。
三人は大騒ぎをしながら、その喫茶店から出ていきました。
そのあと、佐藤先生はこういわれたようです。
「元気な女性だね。」
「あの男性と後から来た女性は、本当に仲がいいね。」
それを聞いていたスタッフは、「えっ???」と目が点になったようです。
「佐藤先生、今の状況見ていられましたか?
あの人たち、浮気問題で、言い争いをしていたました。」
そうすると、佐藤先生は真顔でこう言われたようです。
「私には、争っていたと見えませんでした。」
「後から来た女性は、あの男性を愛しているといっているとしか、聞こえませんでした。」
「三人は、仲が良いとしか見えませんでした。」
「揉めていたのなら、私が1時間も三人の話を聞いたら、きっと本当に仲良くなって帰って気だろうね。」
佐藤先生が神えている世界。
神から観る世界は、そのような世界なのかと、当時、相当驚いた記憶があります。
もし、人類がこの世界を、そのように観えてきたとしたら・・・!
もし、人類が、佐藤先生の真骨頂である「愛を求める叫び」として聞くことが出来たなら。
今のこの世界は、全く違って見えるのだろう。
今こそ、佐藤先生の真我に焦点を当てることが何よりも大切な時代はない!!
そう思う研究員です。