昨日の講話で、研究員にとって忘れられない言葉がありました。
それは、佐藤康行が「私の悲願が達成されました」と言ったことです。
今、受講生の皆さんが、自然発生的に動かれている動き。
佐藤康行のおかげ様の動き。
その動きに対して「私の悲願が達成された」と、そう言ったのです。
研究員は驚きました!
なぜなら、宗教家のたちが、口ぐちに「悲願」としたのは「人類が救われること」だったからです。
救われていない人が救われる。
その事を悲願として、活動している宗教家が、今でも多くいます。
その「悲願」のために、信者数を増やし、組織を大きくし権威を持つ。
自分の作った「教え」が一番最高なのだと、その教えを広める。
その事に注力し、その事を持って「悲願」という宗教家が多くいます。
しかし、佐藤康行はまったく逆ともいえる事を「悲願が達成できた」といいました。
佐藤康行が30年間、やり続けてきたこと。
そのたった一つのこと。
あなたが「真我」という「本当のあなたに目覚める」こと。
その本当の自分に目覚めた人が、その喜びを、佐藤康行へのおかげ様の気持ちを口ぐちに叫ぶ。
そして、その喜びでじっとしていられなくなって「佐藤康行のおかげ様」の行動となる。
その事をもって、佐藤康行は「悲願が達成された」と、そう言ってくれました。
佐藤康行は、組織が大きくなることや、有名になること。
それが「悲願」ではないのです。
わかってはいたつもりでしたが、昨日はしみじみと、胸を打つものがありました。
人生の全てをなげうって、ただただ、真我のために生き切っている佐藤康行
その佐藤康行の「悲願」とは、私たち全員が、本当の自分に目覚めて愛と喜びの人生を送ること・・・!!
ただただそれを「悲願」としてくれていた。
もう言葉になりません。
佐藤康行の側で、ご縁を頂いくことが、どれほど私たちに有難いことなのか・・・!!
その感謝は、どれだけ言葉にしたとしても、その言葉では言い尽くせません。
本当にありがとうございます
ありがとうございます。
ありがとうございます。