佐藤康行のお金と時間の使い方は、徹底しています。

今までの佐藤康行の人生をよーーーく思い出してください。
佐藤康行をご存知の方でしたら、よくお分かりの事と思います。

 

15歳で北海道から出てきたとき、皿洗いをしながらもらっていた給料は、多いわけではありませんでした。
その中から毎月、北海道のお父さんに仕送りしていました。

その仕送りは、お父さんが「もう送ってこなくていいよ」というまで、毎月続けていました。
そして、毎月貯金もしていました。

自分に使っているのは、定時制に行ったり、体を鍛えるためのボクシングにと、遊興費に使っていた形跡はありません。

 

営業のときもそうです。
自分の社員のため、自分を磨くためにお金と時間を使っています。

しかし、清貧という感じの生活だったわけではありません。
心豊かに楽しく多くの人に愛され、頼られ、たくさんのエピソードの中で生きてきていました。

 

会社経営をしていたときも、お金と時間は、会社を繁栄させるためと社員の教育のため、また多くの皆さんのために使ってきました。
たくさんのコンサルタントをつけたり、自身も、全国から頼まれる講演会に走りまわるなど、ほとんど自分のために使っている形跡はありません。

佐藤康行のお金と時間の使い方。
そこは徹底していて、一切のブレはありません。

 

まだ、数年前の新宿に心の学校があった時、佐藤康行は事務所5階のワンルームの何もないようなところに住んでいました。

ある受講生が、その話を聞いて「そんなはずはない。それなりに贅沢をしているはずだ」と、その話を信用をしなかったため、佐藤康行は自分の住まいをその受講生に見せた。という、有名な話があります。

受講生が見に行ったら、本当に一部屋のほとんど何も無いシンプルなところに住んでいた。

「本当だったんだ!」
そう、びっくりしたという話です。

 

お金と時間の使い方。
それを見たときに、その人となりが見える。
昔から誰でもがそういいます。

 

佐藤康行のお金と時間の使い方。
それは、人生のどの一コマを取っても、徹底して、人間として一番価値のあるところに、一番大切なことに使われている。

 

改めて、佐藤康行の人生を振り返ってみて、佐藤康行という人の誰にも真似のできない一貫性を感じる研究員です。

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本日のナスペックの読みどころ

世界が一変する真我の言魂
「1301:神の姿が顕れている」

生命体が作られたという捉え方を
私はしていない
作った人と作られた人ではない

私は「顕れている」という
捉え方をしている
顕れているというのは
神の姿が顕れている
これは一元論

 

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